タンと地面を軽やかに蹴ったのは、傭兵達よりも二人の少女よりも少年が一番早かった。軽いスタート音に反して一気に加速をつけた小柄な身体は、その勢いを殺す事なく右手を後ろに回して流れるような動作でベルトに引っ掛けた棍を引き抜く。
「いっくぜー!月刃(ゲツジン)絶好調ぉー!」
月刃、とは恐らく手にした鉄棍の名前なのだろう。光を遮る鉛色の空の下、それでも輝くその棍は一点の曇りもない銀の色。風を切る高い音が響く中、銀の残像を水平に焼き付けて彼は手にした棍を飛び込んだ敵陣の真ん中で真横に振り切った。予想外の素早さについてこれなかった傭兵が二人程、その先制攻撃を受けて体勢を崩す。
「っしゃあ!先制ゲットー!」
「…っのガキ!」
舌打ちと共に正面から振り切られた幅広の剣を腰を落として体勢を低くする事でかわす。踊る剣先が髪の先を掠めて、緑色の髪が僅かに宙を舞った。
「あっぶね!」
言葉に反して声はどこか楽しげで、遊んでいるようにも聞こえる。体勢を落として相手の間合いに入り込んだ晴は、そのまま地面と水平に片足を滑らせて目の前の敵に足払いをかけた。小柄で大した力のない彼でも遠心力をつければそれなりの攻撃を生み出す事は出来る。見事に足元を掬われて悲鳴と共に転倒した身体を容赦なく踏み台にして高く跳躍すると、鈍い光を放つ銀の剣が数本、空中で自由の利かない彼に下から狙いを定めた。
――が
「油断大敵。敵は子猿だけじゃないよ、オニーサン方」
いつの間に間合いに入っていたのか、地を滑るような紅の影は紺那の鮮やかな髪の色。手にした木製の棍を槍のように突き出すと、その先端が相手の腹部に深くめり込む。思わず吐き出された潰れた声を聞いてどこか楽しげにクッと咽を鳴らすと、彼女は軸足はそのままに、突き出したままの棍を力任せに真横へ押し曲げた。腹部にダメージを与えた男の身体ごと薙ぎ払う事が出来るのは、彼女が年齢や性別、体格を完全に無視してその辺の成人男性よりも強い力を持っているからだ。もつれ合って倒れた男達を見下ろして、紫の瞳が明るく笑った。
「よっし!あたしのノルマ、あと三人!」
「あーー!?それは俺の獲物だったのに!ていうか、俺は子猿じゃねぇっつーの!」
不満気に喚きながらも落下と同時に相手の顔面に蹴りを見舞う。そのせいで空中で僅かにバランスを崩すのも予想の範囲内か、晴は着地前に手の中の鉄棍を地面に突き立てて、それを軸に身を捻ると器用に地面に足をつけた。子猿じゃないと反論するものの、そのバランス感覚はもはや動物並だと言えるだろう。
「クソ…何者だこのガキ共!」
すっかり少年少女のペースに呑まれてしまった傭兵達の問いは誰に投げた訳でもなかったけれど、ピクリと反応したのは晴の幼い性格ゆえか。戦闘中だというのに、彼は自信満々に細身の身体を反らして笑う。
「よーっく覚えとけよ!空賊疾風の切り込み隊長たぁ俺の事…って、あぶねーっ!」
口上途中に容赦なく振り切られた剣を今度はその場でジャンプしてかわす。助走もないというのに、垂直飛びの状態で自分の身長の半分以上も飛べる辺りは益々動物に近い。
「何すんだっつーの!こういう時に攻撃すんなよ!空気読めよな!!」
「アンタが空気読めっつーに…。ホンット、ガキなんだから…」
余程悔しかったのだろう、何故か涙目で無茶苦茶な事を言いながら鉄棍を振り回す晴にうんざりとツッコミを入れながらも紺那も目の前の敵を一人ずつ確実に地面へ沈めていく。とても戦っているとは思えないような賑やかな言い争い、そこに混じり合う悲鳴、少しずつ数が減っていく武器同士がぶつかって生まれる金属音。やがてその全てが一度途切れた時、地面に変わらず立っていたのは先にこの場にいた三人の少年少女だけだった。
「っしゃあ!撃破ーーっ!」
「最近の傭兵って鍛えてないワケ?手応えなさ過ぎ」
拳を作った片手を空に向かって突き上げながら嬉しそうに跳ねる晴と、器用にくるりと木製の棍を回しながら肩を竦める紺那と。彼らと彼らの周りに倒れた再起不能の傭兵達に交互に目を向けながら唖然と瞳を瞬かせたのは、一部始終を後方で全て見ていた金属の翼を持つ少女。自分と大して変わらないくらいの年齢に見えるこの二人の予想外の実力に、金の瞳は驚きを隠せないようだった。
「ねぇ!大丈夫なの、アンタ?怪我とかしてない?」
「えっ、あ…」
急に声を投げられて、慌ててかぶりを振る。怪我などする筈もないのだ。傭兵達はあの幼い壁に阻まれて、ここまで辿り着く事すら出来なかった。
「へ、平気…。大丈、夫…」
「そ?ならいいけど」
「…強いんだね、二人共」
「任せろっつーの!何たって俺は空賊疾風の切り込み…」
「もういいから、その嘘情報は」
「にゃにーっ!?嘘じゃねぇってばーー!」
最後まで聞く事すらせずにアッサリと主張を一蹴する辺り、これが彼らのいつものやり取りなのだろう。心底悔しそうにジタバタと地団駄を踏む晴の様に僅かに瞳を細めて、少女はゆっくりと彼の言葉の一部を拾い上げた。
「空賊?空賊なの?二人共?」
「んぇ?」
「そだよ?空賊『疾風(ハヤテ)』。まぁ、あんまりイイ噂は流れてないかもね」
結構暴れてるから、と苦笑混じりに笑う紺那の顔を覗き込むように見上げて 立て続けに言葉を放つ。
「空賊って空を渡る人達なんでしょう?空に行けるの?あの灰色の雲の上の蒼い空に?」
「え、ちょっ…ど、どうしたの?落ち着いてよ」
宥めるように肩を支えられて、初めて自分が身を乗り出していた事に気付く。紺那に宥められた事よりも脇で晴が不思議そうにきょとんと瞳を瞬かせていた事が何だか無性に恥ずかしくて、少女は無意識に乗り出していた身を引いた。
「…ごめんなさい…。つい…」
「空に何か用事あるんか?」
両手を頭の後ろで組んで気安く尋ねる少年の瞳はどこまでも晴れ渡る空の色。その色を暫く無言で見つめてから、少女は結局返す言葉を見付ける事が出来ずに俯いた。その様にどうしたものかと僅かに首を捻った後、倒れた傭兵で埋め尽くされた通路の向こう側を顎で指したのは紺那。
「とりあえずさ、移動しない?このままここにいても仕方ないでしょ。また敵が来るかもしんないし」
「え、でも…」
これ以上彼らと共にいると、確実に彼らを深いところまで巻き込んでしまう。その事を恐れて戸惑いがちに紺那を見上げると、その想いを察したのか彼女はやれやれと嘆息を零した。
「あのねぇ、こっちはもう一戦交えちゃってるワケ。とりあえず、アンタが追われてる理由とか聞かないとあたしもコイツも納得しないよ。ね、晴?」
「言いたくねぇなら俺は別に…」
「ホラ、しないって」
どうやら晴に発言権はないらしい。サラリと発言内容を擦り替えられて晴は微妙な表情で紺那を見やったが、あまりに当たり前のように擦り替えられた為か文句を言う事もなく首を捻るだけに終わった。恐らく普段からこうやって力技で丸め込まれているのだろう。未だ不安気に視線を彷徨わせる少女からすっかり気を失っている傭兵達へ改めて目を向けて、紺那は呆れたように息をつく。
「しっかし、呆れたモンだよね。女の子一人相手にこんな大人数で武装しちゃって」
それがどんな女の子なのかは知らないけれど。
その言葉は胸中だけに留めつつ、振り向き様に少女の右手を軽く掴む。今度は彼女がよろける事のないように気をつけながら、やや体温の低いその手を緩く引いた。
「行こう、話は後で聞くから」
今はきっと、ここから離れた方が自分達の為にも彼女の為にも良いだろうと思った。