三つの主大陸と
七つの主要都市と
七人の代表者達
大地と空の間に
厚い灰雲の境界線を創り出した
それが
この世界、スカイリア
act 01 : 憧憬の蒼空
世界地図を広げた時に、地図上に描かれている大陸は大きなものが三つ。
半円状に緩やかなカーブを描きながら北の海に浮かぶ北大陸、フロスト。北大陸と対になるような形で南の海に半円を描く南大陸、フェザリス。そして、二つの大陸の丁度中心、フロストとフェザリスの両翼に囲まれるように位置する中央大陸、リードコア。
蒼空を遮る鉛色の雲が最も厚い地帯であるリードコアで、大陸の更に中心に栄える巨大都市の名を王都スティリックという。人工灯の下に築かれた、鋼の都とも呼ばれるこの都市の更に中央、つまりスカイリアの臍(へそ)の部分にあたる地帯には濁った厚い雲をも突き抜ける鋼の塔が聳え立っていた。
王都政府組織『コランダム』が所有するこの塔は、言わば天に向かって高く手を伸ばす欲の塊。文明の発達を選んだ人間達は、代償として支払った無限の蒼と大地に降り注ぐ陽射をまだ忘れる事が出来ないでいる。
だから
欲の強い儚き者達は、全てを手に入れようと手を伸ばす。重い威圧感を放ちながら聳える塔を中心にして円形に広がる市街地はそれなりに活気があるものの、どこか規律に縛られた固いイメージが付き纏う。見えない重圧に押し潰されそうな、見えない何かに常に監視されているような、そんな息苦しさ。
しかしやはり、そんな都市でも何にも囚われない自由奔放な者はいるもので。
***
「おっちゃん!一瓶25じゃ高いっつーの!10!10にしてよ!」
賑やかな店内に一際大きな幼い声が響き渡る。カウンターに勢い良く片手を叩きつけて叫ぶのは、明るい空色の瞳を持った少年だった。片手に蜂蜜の瓶を握り締め、自分より一回り…いや、二回りは大きな体格のいい中年の男を臆する事もなく下から無遠慮に睨みつける。元々童顔な上に年齢の割に小柄な為、迫力の欠片もないのだが。
「こんなちっせぇ瓶じゃ五分でなくなっちまうっつーの!25は高い!」
「別にちっさくないだろ!普通サイズだぜ、坊主!その証拠にお前の手からはみ出てんじゃねぇか!」
「うっるせぇ!こんなん、うちの隊長の小指サイズだっつーの!」
「アホか!そんな熊みてぇな人間いるか!嘘つくならもっとマシな嘘にしな!」
「にゃにー!?嘘じゃねーもん!隊長はれっきとした人間だってば!多分!!」
小柄な体で牽制するように大きく片手を振り払うと、緑色のクセっ毛がひょこんと跳ねる。丁度ツムジの辺りを押さえるように装着している、青いガラスがはめ込まれたゴーグルが天井に取り付けられた照明の光をキラリと反射した。
「とーにーかーくー!10にしてくれるまで俺はここを動かねぇかんなっ!」
小さな銅貨を丁度十枚握り締め、勢い良くカウンターの上に飛び乗る。しかも堂々と土足で。それでようやく対峙する店主と同じくらいの目線になるものの、これではハッキリ言って営業妨害もいいところ。案の定、店主は眉を吊り上げてカウンターの端を強く叩いた。先程少年がカウンターを叩いた時の倍の衝撃が伝わって、木製の台がグラグラと揺れる。
「クッソ、どこの坊主だお前!通報するぞ!」
「どこの?」
ややツリ目気味の大きな瞳がきょとんと瞬いて。瞬時にニヤ、と笑ってから少年は親指で勢い良く自身を指した。細い体がカウンターの上で自信満々に反り返る。
「へへ、聞いて驚け!空賊『疾風(ハヤテ)』の切り込み隊長たぁ俺の事!」
「――疾風の恥を晒すな、この馬鹿!」
「!?うわっ!?」
無駄に堂々たる口上を遮るように乱入してきた声と共に前触れもなく真横に薙ぎ払われ、少年はカウンターから転げ落ちた。背中から床と衝突して派手にワンバウンドした後、ガツンと近くの棚の角に思いきりぶつけた頭を擦りながら涙目で跳ね起きる。
「何すんだっつーの!紺那(カンナ)!!」
涙混じりにキッと睨んだ先には深い紫の瞳を持った少女。少年と同年代、もしくは少し年上といったところか。緑色のガラスがはめ込まれたゴーグルを首から引っ掛け、真紅の髪は高い位置で両サイドに花火のように跳ねている。少年をカウンターから薙ぎ払った木製の棍を片手で器用にくるりと回してから、彼女は呆れたようにやや垂れ気味の瞳を細めた。
「何すんだ、じゃない!アンタのせいで疾風の評判下がったらどうしてくれんの!」
「下がるかよ!余裕で好感度アップだっつーの!」
何故こんなにも自信満々なのかは分からない。けれど、この根拠のなさが彼という人物なのであって。不機嫌全開の少年は少女に詰め寄るが、少女の方が身長が高い為にあっさりと見下ろされてしまう。こればかりはどうしようもない残酷な現実だが、少年は心底悔しそうにその場で地団駄を踏んだ。
「クッソー!上から見下ろすとか卑怯じゃねぇ!?何でお前、俺より背ぇ高いんだよ!」
「アンタがチビなだけでしょが」
睨み合う(正確に言えば、敵意剥き出しで睨んでいるのは少年の方だけで少女は相手にしていないようだったが)二人の少年少女を流し見てから、店主はホッと安堵の息を漏らした。何にせよ、このとんでもないお子様の保護者が来てくれたと見なしてもいいようだ。
「あー、嬢ちゃん、坊主の知り合いか?いいとこに来てくれた。この坊主営業妨害で敵わんよ」
「営業妨害?」
少女の形の良い眉が顰められ、紫の瞳が呆れたように細くなる。店主から少年へ視線を戻し、彼女はやれやれとかぶりを振って浅い溜息を漏らした。
「何?アンタ、まだ値切れてなかったワケ?」
「今から!今から本領発揮なんだって!」
会話の内容に違和感を覚え、店主の目がぎょっと見開かれる。何故なら彼は、てっきり少女が常識人でこの理不尽な状況を助けてくれるものだと思っていたのだから。そんな店主の様子をまるで気にも留めない少女はキリリと表情を引き締めると、少年の手の中の蜂蜜瓶の蓋をトンと叩いた。
「ちゃんと値切んのよ!粘って粘って限界まで安くすんの!分かった?」
「分かってるっつーの!任せとけ!」
つい先程まで不機嫌全開だったくせに勢い良く親指を立ててみせる少年と、よし、と頷く少女を交互に見やって、店主は目の前が暗くなるような錯覚を覚えた。
結局。
少年と少女が去った後のカウンターには、十枚の銅貨とがっくり肩を落とした店主の姿があったとか何とか。