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act:09-02

押しても引いても叩いてもびくともしない扉を前に、それでも諦め悪く一人で奮闘してどれくらいの時間が経っただろうか。体に繋がれた点滴や何の為のものなのかイマイチよく分からないコードを自ら引き抜いてベッドを下りたまでは良かったのだが、当然ながら部屋の扉はロックされており蒼姫の力ではどうする事も出来なかった。扉の他に脱出口はないかと部屋を探ってみたのだが、一瞬で全ての物が見渡せるほど物が置かれていない小さな部屋には窓すらなく、この絶望的状況で彼女が出来るのは苛々と舌打ちを零す程度である。壁に埋め込まれた時計の裏に何かないかと必死で背伸びをして時計を引っ掻いてみたのだが(取り外そうとしたのだがしっかりと埋め込まれていたので蒼姫の力では動かす事すら出来なかった)特に何もないようだった。部屋の隅には天井近くの高い位置に監視カメラが設置してあり、今頃モニタ室では無駄な足掻きをしている自分を笑い者にでもしているのだろうかと思うと態度も目付きも自然と徐々に悪くなる。うろうろと狭い部屋を散策しては結局最後には扉の前に戻ってくる少女は、それでも実は最終手段を隠し持っていた。否、『隠し』てはいないのだ。彼女がそれを持っているという事は周りもよく知っているのだから。

(……壊す、しかない)

手の平を片方、扉の表面にぺたりと付けたまま力なく項垂れていた蒼姫は、遂にその結論に辿り着いてそのままの体勢でゆっくりと瞼を押し上げた。鮮やかな金の瞳には強い光が宿っており、しかし頭上高くから状況を映しているカメラには角度のせいで映っていないだろう。



蒼姫が最初から容易に翼の力を使わなかったのは、再び目覚めた時に翼の力が格段に強くなっているのに感覚で気付いていた為である。翼を強化するあの実験が成功したのか失敗したのかは分からないが(意識を失うまでは自分でももう駄目かと思っていたのだが、少なくとも命を落とす事はなかったようだ)、以前よりも体力の消費が激しく背中から感じる重圧が物凄い。自分である程度確認したところによれば、見た目的には変化はないようだったので重さ自体が変わっている訳ではないのだろうが。

以前の翼でも力を完全に使いこなせてはいなかった。それなのに更に力を強化され、しかも今の翼は実験中に一度暴走を起こしてしまっている。そんな厄介な翼を制御出来る自信など蒼姫にある筈もなく、無闇に力を使う事に抵抗があったのはその為だ。


しかし、他に方法がないのならば。

上手くいくかどうかの確率は考える必要がない。
それしかないのならば、やるしかないのである。

彼女は頑なに力に怯えるだけの少女ではなく、
至極簡単で胆の据わったこの考えを受け入れる事の出来る少女だった。



力の使い方自体は(以前と変わらないのであれば)感覚で分かっている。カメラから悟られないよう項垂れた体勢はそのままに、決意したような強い目線で床を見据えた蒼姫はスッと軽く息を吸い込み――

目を閉じてもいないのに突然フッと視界が暗くなった為に、吸い込んだ息を思わずそこで止めてしまった。


「――!?」


何をした訳でもないのに(何かする予定だったのは間違いないが、今はまだ本当に何もしていない)突然部屋の照明が消え、薄闇の中で驚いて弾かれたように顔を上げる。周囲を見回したところで照明が消えた事以外別段何かが変わった様子もなく(勿論、急に暗くなった視界に目が追い付いていなかったので些細な変化であれば気付けなかっただろうが)自分の他には人の気配もしない。この時、戸惑いの中で蒼姫が扉についたままであった手をそのまま横へ滑らせたのは単なる偶然だった。通常ならば彼女の小さな手が横にスライドしたところで扉が動く筈もなく、手が扉の表面を撫でるだけに終わっただろう。――通常ならば。

「――え?」

扉にかかっていた重心が真横に滑った感覚に驚いて、蒼姫は大きく目を見開いた。重心がずれれば体のバランスも崩れ、転ばないように足が自然と数度床を踏んで安定を保つ。そうして一度落ち着いた状態で改めて扉の方に目を向けると、薄闇の中で浮かび上がる不自然さに気付く事が出来た。たった今まで何をやっても開かなかった扉が開いているのだ。蒼姫が何気なく横に動かした手によって、厳重にロックされている筈の扉が何故かスライドして開いている。

何故、と思うよりも早く足は動いていた。躊躇いなく扉を潜り抜け部屋の外へ飛び出すと、廊下の照明も消えておりこの現象がタイミングの良い停電か何かなのだと判断する。下層部はともかくとしても上層部までこのような被害が出る事など蒼姫が知っている限り一度もなかったのだが、何にせよシステムが一時的にでも凍結してくれたのならば有難い。今なら大半のロックは無効化されているだろうし、監視カメラも機能を停止している筈。しかしそんな甘い考えが長々と通用する筈もなく、頭上でチカチカと天井の照明が点滅して灯り始めた為に蒼姫はギクリと身を竦ませた。流石は上層部と言うべきか、復旧が早い。

折角偶然にも部屋から脱出出来たというのに、ここで見付かってはあっという間に逆戻りだ。今度は完全に拘束された上に更に厳重な部屋に閉じ込められるだろう。監視カメラの映像で脱走はすぐに気付かれるだろうが、不安定な力を使ってでも逃げきるしかない。そうしていつかの記憶の糸口を持ったあの少年を探さないと。

立ち止まって考えている暇などなく、既に復旧した白い照明の下、蒼姫は軽やかに身を翻すと無機質な白い廊下を駆け出した。




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