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act:08-06

命懸けで潜り抜けた扉の先は細い一本道で、壁や床の塗装もこれまでの場所よりも明らかに綺麗な状態だった。少なくとも壁に亀裂が入っていたり凸凹道で足場が悪いなどという事はない。空間を彩る色味も今迄よりも一段階明るい薄灰色で、天井には細長い照明が一定間隔で取り付けられており白い光が静かに満ちていた。通路内で争った痕跡などは見られず、敵が潜んでいる気配もない。
一本道であるので曲がり角があっても迷う事はなく、暫く道なりに進んだ紺那と瑠藍はふいに前方の空間が開けたのに気付いて足を止めた。通路の先が開けているという事は、向こうからもこちらが確認出来るという事だ。『向こう側』から気付かれないように素早く数歩下がって曲がり角の陰に張り付いた二人は、その場から注意深くそっと顔を覗かせて様子を窺う。通路の終わり――開けた場所には入口付近に高々と幾つものコンテナが積み重なっていた。都合良くそれがこちらの身を隠してくれるかもしれない、そう気付いた紺那は無言で瑠藍を仰ぎ、瑠藍もまた同じようなタイミングで目線を下げる。思考がリンクしたのを互いに頷いて確認し合い、紺那は音をたてないようにしながら先に一歩足を踏み出した。体勢を低くし、先導するように最短ルートでコンテナの陰に滑り込むと、続けて瑠藍もぎこちないながらも似たような動きで何とかついてくる。コンテナの中身が何なのかは分からないが、雑然と高く積んであって助かった。陰に潜むようにしながらしゃがみ込み、二人はそろりと顔だけを出して注意深く前方を窺う。


開けた円形ホールの中央に高く高く聳えていたのは濃灰色の機械の塊だった。紺那達から見て奥の壁と同化したそれは、随分高い天井(このワンホールに五階分程の空間を抜いて作られているように見えた)すらも突き抜けて、更に上へと続いている。よく見れば点検用の足場が組まれている為(天井もその付近だけぽっかりと穴が開いたように作られていた)フロアに無理矢理ねじ込まれたものではなく、この場所はこの機械を設置する為の空間なのだと推測出来る。円柱の機械に太さを問わずに何本ものコードが絡み付いている様は、大樹に蔓が絡んでいる様を連想させた。


機械の周りでは瑠藍の白衣と同じもの(ただし、当然ながら彼らの白衣は汚れておらず真っ白だ)を着た研究員が三人ほど、忙しそうに働いていた。重要そうな場所であるにも関わらず担当している研究員が少数なのは、単にタイミングの問題で偶然か、それとも実はここはあまり重要視されていない場所なのか。どっちだと思う?と聞こうとして目線を持ち上げた紺那は、片膝をついた自分の後ろで中腰になっている瑠藍の表情を見て前者だと何となく判断した。紺那の目線にすら気付かず唖然と前方を見やる瑠藍の顔を一筋の汗が伝っていく。
「…まさか…鋼核(こうかく)?地下にまで伸びていたのか…?いつの間に…」
「こうかく?何ソレ」
小声であっても距離が近ければ声は問題なく届く。声を潜めた紺那の問いに答えるべく、瑠藍は乗り出していた身を一旦退いた。片膝をついてしゃがんだ紺那に合わせるようにその場にしゃがみ込むと、小さく口を開く。
「…鋼核は鋼の塔の全ての情報を司る機械の事だ。全ての情報はここに収束され、ここから塔の細部にネットワークが張られている。だから『マザー』とも呼ばれる事も多い」
「情報の母体って事か…。じゃあさ、あれ壊しちゃえば塔の機能全部停止しちゃう?」
「いや、恐らくそれはない。上を見てくれ、天井を突き抜けて更に上まで続いているだろう?」
全体は一度見て把握してはいたが、瑠藍の言葉を確認するかのように改めてこっそりとコンテナの陰から顔を覗かせ天井を見上げる。見上げているのも疲れそうな程の高さを再確認したものの、更に上までは天井が邪魔でどうなっているかは分からなかった。
「僕の予想が正しければ、あれは上層部まで繋がっている。そもそもあれは元々は上層部にあったもので、情報の拡大と共に機械も大きくなっていったんだ。だから下から上へ伸びていったものではなく上から下へ伸びてきたものなんだろうな」
「だから瑠藍はあれが地下にある事に驚いてたワケ?」
「あぁ、中層部まで伸びてきた事は知っていたが…まさかもう既に地下に到達していたとは」

あれだけの大きさの機械を増設するという事は組織に属する者にはそれなりに情報公開されるものなのだろうが、この塔は――コランダムというこの組織は不自然なほどに謎が多かった。それ故、コランダムに属していた瑠藍でさえも知っている情報は少なく、今となってはその奇妙な組織に当たり前のように身を置いていたという事実がゾッとする。
瑠藍だけが知らなさ過ぎたという訳ではなく、上層部の専属護衛隊だと言っていた青威達も恐らくこの情報は知らなかったのだろう。彼らは下層部の機能を停止させる為に『この場所』ではなく『地上にあるであろう鋼核』を目指していたのだから。

「あの機械の中で細かいカテゴリ分けがされているんだろうな。本当に重要な情報は恐らく上層部の鋼核にあるだろうし」
「一繋がりなのに?どっか壊せば連鎖で壊れちゃったりしないの?」
「どうかな、僕も鋼核の事に詳しい訳じゃないから予想しか出来ないが…。ただ、そう簡単に連鎖で破壊されてくれる作りとは思えない。いざって時には切り離すんじゃないか。一度に下から上まで壊せる火力があるなら話は別だが」
「う…それはナイかも…。あ〜〜…風竜に置いてきちゃったあたしの武器があればなぁ…半分くらいは壊せるかもなんだけど」
「君は普段そんな物騒な武器を使っているのか…。一体何と戦っているんだ…」
サラッと投下された問題発言にゾッとしながら紺那を見やるが、彼女はやはりよく分かっていないようできょとんと小首を傾げていた。自分の中の常識と彼女の常識がかけ離れている事にもだんだんと慣れてきたのだろう、緩くかぶりを振った瑠藍はそれ以上追及する事なく目線で床をなぞる。
「…ただ、全く影響が出ない訳ではないと思う。地上のシステムには届かないかもしれないが、もしかすると下層部のシステムを一時的に停止、或いは混乱させる事くらいなら出来るかもしれない」
「トラップや機械兵が無効化出来るかもって事?」
「あくまでも『かも』の話だ。ただまぁ…可能性はゼロじゃない。どうせ先にしか進めないんだ、賭けてみる価値はある」
問題は破壊方法だな…と小さく呟いた瑠藍の声を隣で聞きながら、紺那は再度コンテナの陰から注意深く顔を覗かせ前方を見やった。研究員達はこちらに全く気付いていないようだ。瑠藍を見る限り、彼らに(敵の気配察知を含めた)戦闘能力はないようだし仕事に集中しているのだから(こちらも気配は極力潜めているのだし)無理もない。
「君や僕の銃では恐らく決定的な破壊に至らないだろうな…。一発でいいから大きめの火力が…あとは内部の爆発連鎖でどうにか…」
隣でブツブツと漏れる言葉は相談というよりかは独り言に近く、それを聞き流しながら彼の思考を妨げるかのように一度軽く肩を叩く。不審げにこちらを向いた翡翠の瞳を見返して、紺那は口の端を吊り上げた。

「あたしさ、イイコト思い付いちゃった」

そう言ってにんまりと笑った紺那の顔を見て、瑠藍は一気に嫌な予感に襲われたという。




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