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act:08-02

看守が取り落とした懐中電灯で薄暗い通路をあちこち照らしながら、気難しく眉根を寄せて「うーん」と小さく唸る。それを穴の向こう側から窺うばかりの黄理は、落ち着きなくソワソワと階段を一段上がったり降りたり階段の壁面をペタペタと触ったりしていたが、進む事も戻る事も出来ずに結局は最初の位置へ戻ってくるのであった。

穴を開く為のスイッチがあるのだから、どこかに穴を塞ぐ為のスイッチもある筈。そんな事を思いながら黄理と手分けして(尤も、階段上に取り残されたままの黄理は動ける範囲が極端に狭かったが)あちこちを探してみたのだが、結局スイッチは見付からなかった。パネルに取り付けられたスイッチは一つしかなく、押し込められて赤く点灯しているそれは、引き戻す事が出来なければもう一度押して作動を取り消す事も出来ない。同じスイッチも駄目で、別のスイッチも見付からない――つまり、二人の距離は穴で分断されたままだ。
気絶してしまった看守は、彼自身が所持していたロープのような長い紐で縛って通路の端に転がしておいた。(盛大に脅しはしたが)何一つ攻撃を加えていないのだし、目が覚めたら自力で何とかするだろう。或いはそれより先に仲間が見付けてくれるかもしれない。



(…さて、どうすっかね)
あまり危機感なく首筋を掻きながら何となく投げた目線の先、不安げに揺れる瞳が彼自身の足元を見つめているのに気付いて思わず苦笑気味に笑う。目が合わないのは恐らく、先程咄嗟に強い言い方で行動を遮ってしまった為に、必要以上に怯えられているせいだ。勿論、千草が怒って言った訳ではないのは彼も分かっているのだろうが、それでも正面からは目を合わせようとせず時折盗み見るようにオドオドと様子を窺ってくる様は完全に怯えた小動物である。

階段下から直線状に十五メートル程、一本道のスタート地点を抉り取るようにぽっかりと開いた穴を塞ぐ術が分からずに、どうしたものかとその場に立ち尽くす。通路の幅いっぱいに広がった穴は横から回り込む事は出来そうになかったし、一本道の為に他の道を探す必要もなかった。風の足場を生み出す靴を所有している桜夜ならばこの穴の上を駆け抜ける事も可能だろうが、いくら跳躍力があるとはいえ生身の黄理にこの穴を飛び越えるのは無理だろう。
色々と思考を巡らせてみたのだが他に最善の方法が思い付かず、千草は穴の淵に立ったまま、向こう側でソワソワしている黄理へ改めて目を向けた。それに気付いて(ようやくまともに目が合ったような気がした)何故か姿勢を正した後輩に緩く笑うと、手の平を上にして右手を差し出す。
「黄理、鎌」
「へっ?あ、あの…?」
「鎌、鎌。その腰の。こっち投げて」
催促するように差し出した右手を揺らすと、言葉の意味に気付いた黄理は慌てて自身の腰辺りにぶら下げていた折り畳み式の棍のようなものを取り外した。薄青の人工光石が一つ取り付けられたその棍に刃は見当たらなかったが、これが鎌であるという事は共通認識であるようだ。一歩足を引いて軽く半身を捻った黄理は、そのままの体勢で千草へ声を放つ。
「えっと、い、いきますっ!」
「あいよ、穴に落とすなよ〜」
笑いながら言った言葉にまで律義に「はいっ!」と返事をしながら、黄理は捻った体で勢いをつけて手にした武器を放り投げた。綺麗な放物線を描きながら安定して穴の上を飛んできた武器を危なげなく掴んだ千草は、それを腰のベルトに差そうとして一瞬動きを止める。武器の持ち過ぎで、もう引っ掛けられるところがない事に今更ながら気付いたのだ。仕方なくそれを手にしたまま、彼は再度黄理へ目を向けた。
「黄理!今から言う事よく聞いて」
「…千草サン…?」
言われるままに武器を投げ渡したものの、今度は(彼にとって)嫌な方向へ進みそうな空気を肌で感じ取ったのかもしれない。困惑気味に千草を見返してきた黄理に、けれど彼の先輩はいつものように緩く笑うだけ。何故だかその笑顔が距離のせいだけでなくひどく遠くに見えて黄理の表情に益々戸惑いの色が浮かぶが、千草が言葉を止める事はなかった。
「今からお前は今来た道を戻って、更にそのまま地上へ向かう事。最速で行けとは言わないけど、一人ならかなり速く行ける筈だ」
「えっ…」
「地上に出るまでに鴉の誰かに会ったら一緒に行動させて貰え。その際、その人の指示に従う事。隊長か副長か茶葵さん辺りだと特に安心だけどな〜…この際誰でもいいや」
「ちょ、待っ…」
「誰にも会わなかったらそのまま塔から脱出して市街地に紛れろ。お前一人でも警備兵の包囲くらい余裕で突破出来ると思う」
「千草サ…」
「武器の事、仲間の事は考えるな。塔から脱出後三日経っても鋼の塔に動きがない、或いは鴉の誰にも会わなかったらその時は…」
「――千草サン!!」
珍しく(千草が覚えている限り、初めてではないだろうか)こちらの言葉を遮ったその声は、強い響きを持ちながらも動揺して震えていた。一旦言葉を切って黄理を見返すと、青い顔をした少年は眉をハの字に下げて震える唇を開く。群青色の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「え…だって…そんなの…ち、千草サン、は…どうするんですか」
「脱出出来る別の道を探すよ。ここまで降りてきたし、ついでに牢獄エリアぐるっと見て回ってくる。もしかしたらそこで誰かに会うかもしんねーし」
「そ、それって、俺…俺とはここで…」
「うん、別行動って事。次は地上で会おうな」
なるべく明るい笑顔を向けたつもりだったが、もしかしたらそれが逆効果になったのかもしれない。色濃い悲壮感を滲ませた目を歪めて力なくかぶりを振ると、あちこちに向かって跳ねた山吹色の髪が頼りなく揺れる。
「む、無理です…。俺、だって俺……出来ない、です…」
消えかかりそうな細い声を噛み潰しながら俯いた黄理の様を黙って見やり、千草は胸中で静かに嘆息を零した。気付かれないようにグッと噛み締めた奥歯は、甘さを殺す為。基本的に仲間に対しては緩くも甘い性格をしている彼は、黄理に対しても例外ではなく厳しく突き放す事に慣れていない。


予想はしていたが、やはり単に言い聞かせるだけでは駄目なようだ。彼の性格を利用しているようなので本当はこの手は使いたくなったのだが、この際そうも言っていられない。

不安定に揺らぐ精神状態は、幸いにもまだ戦闘面に支障が出ていない。つまり、常に『そっちの方』に強制的に切り替えてやればいいのだ。勿論、黄理とて命令通りに動く機械ではないのだし決して良い方法とは言えないが、少なくとも今、彼の足を動かす為には無理矢理の強硬手段しかないと思った。


「――『C-11』!」
いつもの緩い口調ではなく凛と通った声に自分の仕事用コードを呼ばれ、黄理はビクリと身を跳ねさせた。蒼白の顔はそのままに反射的に顔を上げると、穴の向こう側から真っ直ぐにこちらを見据えている眼差しに捉えられそこから目を逸らせなくなる。
「…C-08より任務を言い渡す。任務内容は前述の通り」
「…っ」
「なお、任務遂行中に泣く事を禁止する。…出来るか?」
最後だけ若干口調が優しくなってしまったのは、仲間に対して非情になりきれない千草らしいミスだった。それでも泣き虫な後輩には充分な効果があったようで、うっすらと浮かんだままの涙を片腕で乱暴にグイと拭った黄理は、一度何かを言おうと薄く口を開いたが結局それを飲み込むように唇を引き結ぶ。それから再度開かれた口は弱音を殺し、代わりに先輩からの任務をしっかりと受け取った。


「――了解!C-08もお気をつけて!」


そのまま返事を待つ事なく踵を返し階段を駆け上がっていく後ろ姿を見送って、千草はパタリと額に手を当て緩く目を伏せた。黄理がいなくなった以上、ここまで降りて来た事は結局意味がなかったのかもしれないが、もはやその件については今となってはどうでも良い。小さく漏れた苦笑には自嘲も混ざっており、そこに歯痒さを滲ませる。

「…ごめんなー…一緒に行ってやれなくて…」

俺ってマジ駄目な先輩…と力なく漏れた呟きは、誰に聞かれる事もなく静かに穴の中へ落ちていった。




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