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act:07-08

壁面から天井にかけて緩やかなアーチを描いた、細めのトンネルのような通路は障害物があまり見当たらない為に見通しは良い筈だが、照明の数が足りないせいで(他の場所と同じように)薄暗い。所々で枝分かれしているその道を、勿論正解の道など分からない為に勘で進む。暫くは後方から激しい戦闘音が響いていたが、距離が開いたせいかそれもやがて聞こえなくなった。
疾走していた足が徐々にスピードを落とし、足音の余韻を反響させながら完全に止まる。荒い息遣いと共に揺れた影は苦しげに上体を曲げ、その脇に立つもう一つの影もまた、腰に手を当て肩で息をついていた。それが、今から数分前の話――。





「…あのー。もしもーし?そろそろ進めそう?」
呼吸を整え、もうすっかり次の行動に移る事が出来る状態の紺那は、両手を腰に当てたままの体勢で目の前の金の頭を見下ろしていた。完全に呆れ気味の目線を頭のてっぺんに感じながらも上体を起こせない瑠藍的には屈辱極まりないが、こればかりは体力が追い付かないのだから仕方ない。顔すら上げる事が出来ず、代わりにヨロヨロと持ち上がった右手は人差し指、中指、薬指の三本の指が立てられていた。
「三分…あと…あと三分…待って、くれ……」
「…いいけどね、別に。さっきまで『急ごう』とか言ってたの瑠藍だよ?」
「そ、そんな事…言われ、ても……っ」
息継ぎの途中に喋ったせいか盛大に咳込まれて、紺那はやれやれと目を伏せて嘆息を落とした。別に瑠藍を見下している訳ではないのだが、割と真面目に先が思いやられる。もしかして一人で行動していた方が良かったのではないかなどと容赦ない事も(勿論本気でないとはいえ)ぼんやりと思ってしまった。


青威達と別れた後、彼らは全く同じ距離を駆けてきた筈だが、空賊として(また、行動的な性格という事もあって)日頃からあちこちを駆け回っている紺那と、毎日部屋に籠り気味で研究ばかりしていた瑠藍ではそもそもの基礎体力が異なる。男女差だとかそういう問題ではなく、寧ろ悲しい事にこの場合能力値が低いのは男性の方だ。
更に、瑠藍は二人共全力疾走したと思っているかもしれないが、実は紺那は瑠藍に合わせて走っていただけで(勿論、それなりに急いではいたが)全力疾走はしていない。つまりこの移動によって消耗した体力も異なる訳だが、たとえ二人共同じ距離を全力疾走したのだとしても疲労の回復速度は基礎体力がついている分圧倒的に紺那の方が早いだろう。どちらにせよ、なかなか状態を立て直せないのは瑠藍の方だという事になる。


「何つーか…勉強だけじゃなくてさ、少しは運動もした方がいいよ〜?」
「運動は…にが、て、なん…だ……」
「うん、そんな感じするけど」
苦しげに返ってきた言葉をアッサリと認めて頷くと、両手を頭の後ろで組んで悠長に伸びをする。壁に手をついて呼吸を整えている瑠藍の後頭部をのんびりと眺めながら、紺那は右足の爪先を床につけてそこを軸に足首をくるくると回した。単に暇を持て余しているが故の行動だ。
「ていうか、そんなんでよくここまで来れたね?別に嫌味のつもりじゃないんだけどさ」
「…サポート、が、…良かった、ん、だよ…」
「さっきの人達?あの人達って瑠藍の知り合いなの?あ、投獄前からって意味だけど」
首を捻って問いを投げると、ようやく瑠藍がノロノロと顔を上げた。未だ息切れしながら、けれど先程よりかは落ち着いてきたようだ。歩ける?と促した紺那に小さく頷いた彼はようやくその場から足を踏み出す。
「…違う、あの二人は牢で知り合ったんだ。君が行った後、少しして」
「ふーん、そうなんだ?『借り』って何の事だったの?」
「それは……ちょっと待ってくれ、気持ち悪い」
「ちょっと〜…吐かないでよ〜…?」
青い顔で口元を押さえた瑠藍を心底嫌そうに見やって、更に遠慮なく横の方へ避けて距離を開ける。大丈夫だ、と呻いた瑠藍を疑わしそうに眺めながら紺那は嘆息混じりにかぶりを振った。
「…いいや、その辺は元気になってから聞かせてよ」
「…う…すまないな……。久々の全力疾走が…こんなに疲れるとは…」
「見た目を裏切らないタイプだよね、瑠藍って…」
ヨロヨロとついてくる瑠藍を(相変わらず一定の距離は開けたまま)半眼で見やりながらも、周囲への警戒は怠らない。全く頼りになりそうにない相方からは目線を外して、代わりにあちこちへ目線を投げながら紺那は口を開いた。
「言っとくけど、あたしはサポート下手だからね。基本、自分の事しか考えないし」
「君も大概見た目を裏切らないタイプだな…。…構わないさ、足手纏いなら置いていけ」
「また、もう…面倒臭っ。そんな事言ってないじゃん。脱出っていう目的が一緒だし協力はするけどサポートは下手だよ宜しくねって言ってんの」
「……あぁ、僕も協力はするが足手纏いだと思う宜しくな」
沈黙と共に微妙な空気が一瞬流れるが、その間にも(遅めのスピードであるとはいえ)先に進む足は止めない。深々と息をついた後に再度口を開くと、言葉の割には笑い混じりの声が出た。
「…卑屈」
「自覚があるだけマシだろう」
返ってきたものもまた、捻くれた言葉の割にはどこか笑い混じりの響き。何が可笑しいのかは恐らく二人共分かってはいないのだろう、単にこんなところで言い合うのが馬鹿馬鹿しくなっただけかもしれない。今度は明確に笑いを含んだ息を吐いた紺那は切り替えるように一度ゆっくりと瞬きをすると、くるりと勢い良く振り返って少し遅れて歩く瑠藍を見やった。
「ねぇ!ところでさ、何で牢から出てきたの?あたしが誘った時は断ったクセにー」
「…別に」
一度断った(上に脱出の可能性を散々否定した)身としては、この質問を受けるのは微妙にばつが悪い。尤も、聞いた紺那は以前の事など大して気にしていないようだったが。気まずそうに少々目線を彷徨わせ、彼女とは目を合わせないままに瑠藍は小さく言葉を続ける。
「…とりあえず籠から出ようと思った。それだけだ」
「ふぅん」
大して興味の無さそうな相槌に、どうせ呆れたのだろうと開き直りつつ目線を戻す。しかし戻した目線の先に思いがけずカラリとした笑顔があった為に、瑠藍は思わず動きを止めた。

「いいんじゃん?籠ん中は狭くて息苦しいもんね」
「……まぁ…そう、だな」

照れ隠しに再び微妙に目線を逸らした瑠藍の胸中を知ってか知らずか、紺那はニカッと歯を見せて明るく笑った。瑠藍の疲労も大分回復しつつあるようだ。もう息切れしてないな、などと口には出さず何となく思いながら紺那は僅かに歩調を速める。走る程ではないにしても、急ぐに越した事はない。本当は小走り程度にでも走った方が良いのだが、それでまた体力消耗された方が効率が悪いと思った。
「きっとさ、塔から出たらもっと気分いいと思うよ。境界線の上に出たらもっともっといいと思うけど」
「…そういえば君は空賊だったな。ガラス越しのものしか見た事がないが…直接見る青空というものはそんなにいいものか?」
「あったりまえじゃん!サイコーだよ!」
迷いなく返ってきた言葉と清々しい笑顔に思わず小さく笑う。「僕もいつか体験してみたいものだな」と、この先への希望を未だ見えない空へ放ちながら。







***


気持ちを惑わせる紫色の花弁は
美しく舞いながら闇へと誘う。

固められた決意でも、隙を付けば意外と脆いもの。
けれど零れ落ちないように、持つべきものはたった一つに絞った筈。
それさえ手放さなければ
その力は花弁を散らす突風へと変わる。


時に迷い、躓き、転げながら

綺麗な旋律が誘い込む方ではなく

己の意思が向かう先へ。



微かに射した光に、今はまだ気付かなくとも。




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