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act:07-07

瞼の裏からでも分かる程に強い白光はやがてゆっくりと消えていき、フロアに元の暗さが戻ってくる。しかしそれでも、再び目を開けるようになったのは大分時間が経った後だった。


目の奥で玩具の星がチカチカと瞬くような、小さな白い火花が弾けるような感覚に顔を顰めながら緩くかぶりを振る。瞼の裏に焼き付いた白い光の残像は自然と消えるのを待つしかないだろう。とりあえず命がある事、続けて先程の光による外傷がない事にホッとしながら、青威は光から庇うように咄嗟に自身の肩口に押し当てていた桜夜の頭をようやく解放した。
「桜夜、大丈夫か?目ぇやられてねぇか?」
「え、あ……はい」
あまり身長差がない為に、声は間近ですぐに届く。青威の声に反応して強く閉じていた目をそろそろと開いた桜夜は、ぼんやりとした視界を慣らすように何度か瞬きを落としながら軽く頭を下げた。突然の事で何が起きたのかはまだよく分からないにしても、青威に助けられた事だけは分かったようだ。
「大丈夫です。あの、有難う御座います」
「んや、間に合って良かった」
細い肩をトンと軽く押して少し距離を取ると、改めてフロアをぐるりと見渡す。同じように桜夜も、視界を慣らしながらも注意深く辺りを見渡しているようだった。

やはり先程の丸い物体は、衝撃を加える事で強い光を放つ閃光薬の詰まった玉のようだった。単に光を放つだけで他に攻撃する術を持っていないものだが、あの光の強さは至近距離で直視すると最悪の場合視力を失うかもしれない。それを放った紫桜音の姿は既にどこにもなく、半壊したフロアの中で桜夜に破壊された鋼糸の残骸だけが取り残されて床の上に落ちていた。他にも武器を持っているのか、単にもう修復不可能だと切り捨てたのか。もしかしたら回収する余裕がなかっただけかもしれない。
紫桜音がいなくなった今、他に新手の気配もなくフロアには四人だけが残されていた。よほど強く叩き付けられたのか、砕けた閃光薬の殻が辺りに散乱しているのを何となく眺めていると、後方からバタバタと騒がしい足音。

「桜夜ぁ!副長!やっと会えたー!!」
「「!」」

二人よりも後方にいた為に浴びた光の量が少なく、立て直しが若干早かったのだろう。元気良く二人に駆け寄ってきた黒斗は、両手を伸ばすと彼らに文字通り『飛び付いた』。晴相手には絶対に見せなかった分かり易い好意と幼さは、飼い主にじゃれる犬のようにも見える。右腕に桜夜を、左腕に青威を。小柄な二人を纏めて機嫌良く抱え込んだ黒斗だったが、(黒斗的に)悲しい事にそれは長続きしなかった。一方的に抱き締められ驚いて目を瞬かせる桜夜の隣で、静かに半眼に目を細めた青威は軽く拳を握り締めると黒斗の脇腹に一撃を放つ。決して本気で殴った訳ではないのだが、ドスッと重い音が響き必然的に束縛が解かれた。
「な、何するんスかぁ〜〜…」
「悪いな、生憎ヤローに抱きつかれても微塵も嬉しくねぇ」
「えぇぇ、ヒッド!そりゃあ俺だってそうだけど!」
涙目で自身の脇腹を擦る黒斗に笑いながら肩を竦めてみせると、チラリと桜夜の方へ視線を投げる。正確に言えば、彼女の右腕へ。
「つーか、桜夜怪我人。加減しろ」
「!うぁ、そうだった!ごめんな、桜夜!痛かった?」
「あ、ううん!このくらい平気だよ」
慌ててかぶりを振ってニコリと笑った桜夜はさり気なく右腕を背後へ隠そうとしたが、彼女の傷はもはや全員に知れている。黒斗から遅れて後方から歩いてきた茶葵は、桜夜のその行動を制するかのように彼女の肩を軽く叩いた。
「包帯程度なら下の階から持ってきたのがあるよ。応急処置はした方がいい」
「あと、桜夜はこっから先、右手の光石使用禁止な。右手自体も極力使わない事」
「え!?あの、私なら大丈夫ですから…」
「副長命令。大人しく聞いてくれ」
慌てて抗議しかけるも、上役特権をビシリと突き付けられてしまっては敵わない。観念したようにしょんぼりと項垂れて渋々了承の返事を漏らした桜夜に苦笑して、青威は俯いた彼女の頭をポンと撫でた。
「しょげるなって。今回はあれがないとキツかったからな。頑張ってくれて助かった」
「あ、いえ!ああいうのは私の役目ですから」
「うん、アリガトな。二人も来てくれて助かった。まさか武器まで戻ってくるとは思わんかったわ」
「へへ、お手柄っしょ!もっと褒めてくれてもいいんスよ!」
「調子に乗るな。でも本当、間に合って良かったです」
得意げに胸を反らす黒斗の頭を呆れ混じりの茶葵が軽く叩き、それに桜夜がクスクスと笑う。いつもの日常的な光景だった筈なのに、それが何だか懐かしく見えて青威はどこか眩しそうに目を細めると緩く笑った。それに気付いた桜夜が気遣うような目線を投げてきたが、それには心配はいらないと片手を振って笑い返す。
「流石に今回はちょっと疲れたな。桜夜の応急処置含め、少し休憩しよう」
「副長は傷大丈夫なんスか?」
「俺?後方で楽してたから大した傷貰ってねぇよ。それより黒斗は何だソレ、鼻血出したのか。痕残ってんぞ」
「げっ!?まだ残ってました!?も〜〜茶葵サン!教えて下さいよ〜!」
「えぇ?イチイチ見てないよ、そんなモン」
「ヒッド!皆して俺に冷てぇ!」
わざとらしく泣き真似をする黒斗に笑いながら、ぐるりと全員を見渡す。全員が全員、薄汚れて傷だらけだ。けれど、こうして再会した。脱出不可能と言われる、この鋼の塔下層部で。
「皆無事で良かった。きっと地上(うえ)までもう少しだ、頑張ろうな」







***


ここまで貸して下さって有難う御座いました、と丁寧に頭を下げられ差し出された自分の靴を桜夜から受け取り、座り込んで久し振りにそれを履きながら青威は改めて半壊したフロアをぐるりと見渡した。立ち並んでいた柱は七割程壊され、倒れ、辛うじて立っているものも亀裂だらけ。床には大きな陥没を始めとして、抉れた痕が何ヶ所もある。よくもまぁ、ここまで遠慮なく破壊したものだと苦笑が漏れる程だ。
折れた柱の根元にちょこんと座り込んだ桜夜は向かい側に腰を下ろした茶葵から右腕に包帯を巻いて貰っているところだった。彼女は平気だと言っていたが、骨こそ折れていないもののグローブを外した右手の甲は血まみれといっても過言ではなく、手の甲を中心に肘辺りまで余程大きな負担がかかったのだと思われる。この場合、彼女の光石の制御が不充分であったとか光石が誤作動を起こしたという訳ではない。単に鋼糸を撃ち抜く時の衝撃に体が耐えきれなかっただけで光石は関係ない為、これでもあの状況の中では最も軽い被害だったといえる。
青威の隣には自分の愛用武器を肩に立て掛けた黒斗が腰を下ろしていた。青威と情報を交換し合う間も(あまりに気にするので桜夜に取って貰ったというのに)鼻血の痕が気になっているようで、何度も鼻の下をゴシゴシと擦っている。「あんまりやり過ぎると赤くなるぞ」と忠告すると彼は「それは嫌だ」と手を下ろしたが、既に皮膚がうっすらと赤くなっていた為に忠告は意味なかったなと思った(が、黙って気付かないふりをした)。


「しっかし、マジなんですかね。隊長が片腕失くしたって」
紫桜音から得た情報を青威経由で耳にして、黒斗は複雑そうな顔で首筋を掻いた。さぁな、と肯定も否定もしない青威の表情は普段とさほど変わらず、淡々と体勢を変えて胡坐を掻く彼に目線を向けた桜夜は控えめに口を挟む。
「迎えには…行けませんか?」
「桜夜。気持ちは分かるけど…」
やんわりと窘めようとした茶葵を一瞬仰ぎ、それから彼女は緩く俯いた。目線の先には自身の右腕に綺麗に巻いて貰った白い包帯。
「…本当だとしたら容体が気になります。それに…さっきの女の子、下のフロアで黄理君と千草に会ったって言ってました。もしかしたら二人とも会えるかも」
「!マジで!?黄理と千草サンその辺来てんの!?」
「その辺かどうかは分からないけど…」
「でも牢は出てるって事だよな?……ん?つか、女の子って誰?」
聞き慣れた名前に反応してパッと目を輝かせたかと思えば、疑問点に気付いてきょとんと首を捻る。何かと忙しない黒斗の隣で、青威は大して表情を変えないままに口を開いた。黒斗の質問は後回しでいいかと何気に酷い事を思うが、黒斗自身も気付いたから口に出しているだけで心底気になったという訳ではないようだ。
「いや…予定変更はなしだ。このまま先へ進もう」
「副長…」
「道が一つでない以上、戻ったところで二人とは擦れ違うかもしれない。まぁ、アイツらなら大丈夫だろ」
気弱な性格でまだ実践経験も少ない黄理が少々気掛かりではあったが、その点は千草がフォローしてくれているだろうと彼を頼る事にする。話題を切り替えるように緩くかぶりを振って再度口を開くと、先程以上に割り切ったハッキリとした声が出た。
「で、隊長の件は放っておく。以上」
「「「え!?」」」
あまりにもキッパリと流されて、これには流石に驚愕した三人の声が綺麗に重なった。ぽかんと目を見開いた三人の様に「何だ、仲いいなお前ら」と笑いながら、青威はヒラリと片手を振る。
「腕の件が本当だろうがガセだろうが、位置特定の出来ない相手を探し回る訳にゃいかねぇよ。大体こっからならもう下に戻るより上に行ってシステム停止させる方が多分早い」
それに、と続けて瞳を細めると、彼は半眼のままどこかうんざりと溜息混じりに呻いた。
「心配だからって戻ってみろ、多分あの人キレるぞ面倒臭ぇ」
「「「…」」」
微妙な沈黙が重なったのは全員がその光景に想像がついたからか。だろ?と肩を竦めて、青威は緩くかぶりを振った。
「動ける奴が動けばいいじゃねぇか。だから千草と黄理も動いてんだろうし、他の奴らだって動いてる奴がいるかもしれない」
「システム停止後、隊長…もしくは他メンバーにまだ動ける余力がなかったら?」
「その時は俺が迎えに行く」
即座に言い放った青威の隣で黒斗が「俺も!」と勢い良く挙手し、それに小さく笑いながら茶葵が一つ頷く。
「俺も先に進んだ方がいいと思う。何より今はタイミングがいい。監視の目が緩いみたいだ」
「今の内に進んだ方がいいって事ですね」
「あれ、物分かりがいいな黒斗」
「俺はいつも物分かりいいッスよ!あと…隊長に怒られんのはヤだし」
小声で付け足された本音に思わず吹き出しながら、青威は未だどこか複雑そうな表情をしている桜夜へ目を向けた。
「桜夜は。納得出来ねぇか?」
「…いえ、従います。私はまだ冷静な判断が出来ないみたいだから…ごめんなさい」
恐らく先程、紫桜音の言葉に挑発されかけた時の事も含んでいるのだろう。真面目な性格ゆえにずっと気にしていたのかもしれない。少々沈んだ表情で俯くと、結い上げた髪が申し訳なさそうに力なく揺れた。それを苦笑混じりに眺めて、青威は胡坐を解いて立ち上がる。
「謝る事ぁねーよ。桜夜は黒斗の厚かましさを少し分けて貰った方がいいかもな」
「はぁ!?俺そんな厚かましくねーッスよぉ!」
「自分で言ってる辺りが厚かましいって事じゃないか?あー、でも俺は桜夜が黒斗みたいになったら嫌だなぁ…」
「ちょ、茶葵サン酷くないですか!?なぁ、桜夜ぁ!俺厚かましい!?」
「え、あの…えーと…」
「コラ、桜夜を困らせんな」
ペシと青威に頭を叩かれ、黒斗は暫く盛大なブーイングを飛ばしていたが、その内拗ね気味に口を尖らせながらも立ち上がった。それに笑いながら茶葵と桜夜も立ち上がるのを待って、青威はグッと上体を伸ばす。
「つーか、部下に心配かけんなってハナシだよなぁ?全部終わったら隊長にメシでも奢って貰おうぜ」
「副長って隊長にだけは辛辣だよなぁ…」
「前々から一番扱い酷いッスよね。どっちが立場が上か分かんねーっつーか」
「きっと照れ隠しですよ。さっきは結構怒ってたんだから」
「あーあー、いらん事言うな桜夜。そもそも別に怒っちゃいねぇよ」
どこかきまりが悪そうなのは言い当てられた為か。苦笑気味に笑いながら愛銃をガンホルダーに収めると当然というべきかピタリと丁度良く型に嵌り、それだけで何だか嬉しくなった。慣れたその重みが心地良い。きっと桜夜の足元も今そんな感じなのだろう。そんな事を思いながら笑みを緩く深め、「そろそろ行くぜ」と三人に向けて片手を振ると青威はその場から足を踏み出した。




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