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act:07-06

空気の振動音と風の鳴る音が鼓膜を震わせ、足首から生えた翼が宙に緑光の残像を描く。天井間近に展開された巨大な紋様は桜夜を送り出した後に光の余韻を残しながら空気中に滲むように溶け、そこから零れ落ちた無数の光の粒もまた、煌めきながら落下途中に溶けていった。降下中にも加速する体は黒い彗星の如く、近付いてくる鋼糸の壁を見据えた桜夜は上半身を捻ると右手を力いっぱい握り締め拳を作る。その瞬間、放射状に放たれた白い光は右手の甲についた人工光石から。瞬間的に膨れ上がったエネルギーを右手に宿したまま、彼女は勢い良く拳を前方――鋼糸の壁に向かって突き出した。

拳と鋼糸が接触するその直前。
間に割り込むように拳の先から展開された円形の紋様が、一際強い光を放った。

直径二メートル程の白いそれはブーツのものとは違う形をしていたが、分類的には似たようなものだろう。光石の力の解放を意味するその紋様は闇を塗り潰す白い光を強く放ち、前方――鋼糸の壁に向けて収束された衝撃波を叩き込んだ。一点に纏めたエネルギーの威力は物凄く、銃で撃ち込んでも破壊されなかった紫色の石が幾つも粉々に割れて吹き飛ばされる。鋼糸は(全てではないとはいえ)引き千切られるように裂け、幾つかは強過ぎる熱に焼け焦げてボトボトと床に落ちていった。鋼糸の壁を突き破った力はそこで消滅する事なく、壁を貫通させたエネルギーは直線状に床へと向かう。上から強い力を加えられ押し潰された石造りの床は円形に陥没し、撒き上がった石の破片が無差別に周囲に吹き飛んだ。
桜夜の体にかかった負担も相当なものだったらしく、右腕の皮膚が所々裂けたのかグローブ全体やジャケットの袖辺りが赤黒く染まっていた。けれど彼女はそれすらまるで気にする事なく、陥没の中心へ綺麗に着地すると素早く身を起こす。同時に床を蹴って、床の破片から身を護るように防御体勢を取っていた紫桜音との距離を詰めると、右足で強く床を踏み締め未だ緑色に光る左足を振り上げた。咄嗟に上体を逸らしてそれを避けた紫桜音の鼻先を突風が掠め、それに気圧される前にそのまま後ろ向きに体を倒し床についた右手を軸に後方一回転して距離を取る。同時に爪先で桜夜の頭部を狙ったのだが、それは仄かに光る左手で易々と弾かれてしまった。それどころか弾かれた衝撃が思った以上に強く、そのせいで崩れかけたバランスを立て直す事に意識を使わざるを得なくなる。

流石に先程の右手の攻撃はそう何発も撃てるものではなく、使用者の桜夜としても特殊な使い方だったのだろう。普段は単に力の強化の為の光石といったところか、しかし今の桜夜ならばブーツの力によって単純にスピード勝負でも紫桜音よりも遥かに上だ。それを感じて更に後退し距離を取るが、意外な事に桜夜は追撃してくる事なくその場でゆっくりと身を起こした。少々疲労しているようだが表情に陰りはなく、それを見やった紫桜音は苦々しく舌打ちする。

「…大人しそうな顔してイカレてるわ。光石四つも…しかも手足につけてるなんて」


武器に光石を取り付ける事自体は珍しい事ではないが、普通は光石は剣や槍、銃などの体と一体型ではない武器に取り付ける事が多い。これは光石の制御に失敗、或いは光石が誤作動を起こした場合に即座に武器ごと手放し、暴走した力に巻き込まれないようにする為である。グローブやブーツなどは即座に取り外す事が出来ない為に、光石を取り付ける武器としては向いていない。勿論、制御に自信のある者や命知らずの者などは体と一体型の武器に光石を取り付けたりもするのだろうが、桜夜のように両手足にそれぞれ光石を取り付けている者は殆どいないだろう。更に彼女の場合はそれぞれの光石が独立して取り付けられている為、紅蓮の五連光石銃のような一纏めの制御が出来ない。複数の光石の同時制御は非常に難易度が高く、熟練者でも暴発の危険性が高いのだ。


「…別に」
小さく口を開くと、控えめながらもよく通る声が静かに響いた。両手の拳は解かないままに(ただし手足の光石の力は切ったようだ)紫桜音を見据えた桜夜は、抉られて凸凹になった足場を慣らすかのように足元を靴底でザリとなぞる。
「暴発させなければいいだけの話。暴発した時は私の覚悟が足りなかった、それだけの事です」
「…やっぱりイカレてるわ」
追い詰められながらも鼻で笑う紫桜音は、負傷した左肩を押さえながら目線だけでぐるりと辺りを見渡した。フロアはほぼ半壊、正面には桜夜、それより少し離れた後方にはそれぞれの武器を構えた黒斗と茶葵。更に桜夜の左隣まで歩いてきた青威が右手に持った銃を紫桜音に突き付ける。
「…さて、俺も桜夜も武器が戻ってきた上に4対1だ。かなりそっちに分が悪ぃと思うが、まだやるか?」
「…」
「別にアンタ個人に恨みはねぇし。この場は退いてくれりゃあ追いはしねぇよ」
「……」
確かに青威の手には先程まで使っていた銃はなく、片手持ちにしては大きめで重量もありそうな漆黒の銃が二丁、それぞれの手に握られていた。恐らくこれも先程黒斗が投げた布袋の中に入っていた、青威の本来の愛用銃なのだろう。その銃口を黙って見やり、それから緩く視線を落とす。俯きがちの紫桜音の表情が読み取れず、青威は僅かに眉を顰めた。

次の瞬間の紫桜音の行動は完全に予想外だった。
右手に何かを握り締めた彼女は、正面に向かって素早くそれを投げ付ける。
明確な形はよく分からなかったが、小さな丸いもの――

(――っ!閃光薬!)

本当にそうなのかは分からなかったが、何故かそうだと強く確信した。紫桜音の目元は陰になってよく見えなかったが、紅の唇は笑みの形に歪んでいる。投げ付けられた『何か』から一番近い位置にいる桜夜の方へ咄嗟に足を向けながら、青威は部下達に向けて全力で叫んだ。

「目ぇ瞑ってガードしろ!!」

間に合ったかどうかは分からなかった。手を伸ばして桜夜の頭を抱え込んだのが先か、光を封じられた玉が床に接触して機能を発揮したのが先か。音もなくただただ光で白く塗り潰されたフロアは、影さえ白く呑み込まれた。




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