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act:07-02

点いているのかいないのかすらよく分からない程であった照明がぼんやりと白い光を放ち始め、それに比例して足元の影が更に濃く染まる。動きに合わせてふわりと舞う紫色の長い髪も、どこか気だるそうな、しかし鋭さを併せ持った瞳も以前会った時のまま。生き物のように紫桜音の周りを取り囲む長い鋼糸には以前はなかった紫色の宝石のような石が一定間隔で幾つも取り付けられていた。厚みはあるが平たいそれは一つ一つが5cm程のひし形で、単に美しい装飾品として鋼糸からぶら下がっているようにも見える。鋼糸が動く度に石が淡い照明の光を反射してキラキラと輝き、それと共に涼やかな金属音を奏でていた。


「…何でアンタがここにいるワケ」
目の前の女に両手で構えた銃を向けたまま、紺那は敵意を滲ませた言葉を苦く吐き出した。紺那としてもこの女傭兵に地上での借りを返したいところではあったが、今は正直タイミングが悪い。紫桜音の実力を(ほんの一部だけでも)知っている為、今の自分が彼女に勝てるとは思えなかった。それでも臆する事なく気丈に見据えてくる少女に、紫桜音は長い髪を肩の後ろへ流しながら鼻で笑う。
「ゴミ掃除よ」
「ごみ…?」
「しぶとくチョロチョロしてるゴミのお掃除。まぁ、単なる暇潰しね」
紫桜音の言う『ゴミ』が何を指しているのかに気付かない程鈍くはない。明らかに見下されている発言に嫌悪感を抱いた紺那は隠しもせずに顔を顰め、それから口の端を持ち上げて薄く笑った。紫桜音が挑発に乗り易い事は知っている。乗ってきたところで自分が不利になる事も分かっている。それでも言わずにはいられなかった辺り、紺那もまだまだ幼いようだ。
「へぇ?ゴミ掃除って雑用の仕事じゃないの?結構下っ端なんだぁ?」
「…なんですって」
「だってそうじゃん。大体この前のだってさぁ、どうせ使いっぱしりみたいなモンでしょ?偉そうにしてるクセしてホントはコランダムにいいように使われて――」
言葉は最後まで続く事を許されなかった。紫桜音自身はその場から一歩も動かず、けれど彼女を取り囲む鋼糸がフワリと浮き上がり、その柔らかい動きから一転して目で追えない程のスピードで紺那に襲い掛かる。反射的に慌てて飛び退いた紺那の立ち位置を床ごと抉り取った鋼糸は引き戻される事なく更に追撃し、転げるように間一髪それをかわした紺那の腕を紫色の石が掠めていった。石はさほど鋭利に見えなかったのだが、ほんの少し掠めただけで皮膚の表面に血が僅かに滲み出す。切れ味は鋼糸に勝るとも劣らないだろう、それを実感して嫌な汗が流れ落ちていくのを感じながら、紺那は僅かに血の滲んだ腕をグッと押さえ付けた。ほんの少し切れただけで痛みはほぼないに等しい、しかし前回は僅かな傷で自由を奪われたのだ。その事を思い出してか表情を険しくした紺那を、紫桜音は相変わらず一歩も動かないままに冷たく見据えた。
「安心しなさい、小娘。今度は何も仕込んでいないわ」
「…」
キッと睨んでくる強い眼差しを受け流し、瞳を細める。緩く腕を組む姿からは余裕が見て取れたが、その表情にもう笑みはない。
「あの時言ったでしょう。普段は使わないのよ、あんな面倒臭いもの」
しなやかな動きで右手をツイと持ち上げると、一度引き戻された鋼糸がぐるりと円を描くように紫桜音の周りを取り囲んで浮き上がる。動きに合わせて石が奏でる金属音が周囲に反響し、鋼糸と共に広がる紫は舞い踊る花弁のよう。


「この場で切り刻んであげるわ。…そのムナクソ悪くなる印と一緒にね!」


『印』が紺那の服に印された疾風の隊マークだという事には気付いたが、何故いきなり印の事を言われたのかは分からなかった。いずれにせよ悠長にそれを不思議に思っている暇などなく、細い束状になって突っ込んできた鋼糸をやり過ごす為に反射的に床を蹴って近くの柱の陰へ身を隠す。幸いこの場には柱が多い。それはつまり死角と逃げ場が多いという事だと考えたのだが、ガードに使った目の前の柱に亀裂が入った為に紺那は大きく目を見開いた。どうやら柱に弾かれたり、回り込む事などないらしい。亀裂は一瞬で穴へと変わり、見事に柱を貫通させた鋼糸は柱の破片を撒き散らしながらそのまま紺那の顔面目掛けて突っ込んできた。

「――っ」

柱自体も決して細くはない、石製のものである。それなのにまさかこうも簡単に破壊されるとは普通は思わないだろう。束状になったとはいえ所詮は糸という認識は間違いだったと思わざるを得ない。力任せのショートカットで突っ込んできた鋼糸にぎょっと目を見開くも、眼前に迫った紫の光を慌てて身を捻ってかわす。糸と石、両方かわさないといけない上に動きが予測し辛く非常に戦い難い。そもそもかわしているだけでは意味がないのだ。この厄介な武器を操っている本体を叩かなければ。
対処法が分からないとはいえ、悠長に立ち止まっていては本当に切り刻まれてしまう。転げるようにしながら、それでも足は止めない紺那を追い掛ける鋼糸によってフロアはあっという間に半壊状態へと変わっていく。破壊音の合間に石の金属音が場違いにも美しい旋律のように溶け合い、抉り取られて撒き上がるフロアの破片が派手にあちこちに飛び散った。全身細かい傷だらけになりながらも大きな攻撃は何とか掻い潜ってかわしていく。けれど紙一重の回避がそういつまでも続く筈もなく、目の前の柱の陰からふいに飛び出してきた紫光に紺那は目を見開いて息を呑んだ。これは先回りというより挟みうちだ。前方から足元を狙って突っ込んできたそれは何とか跳躍してかわすも、バランスを崩して床の上に転げてしまう。その隙を敵が見逃してくれる筈もなく、後方から追い掛けてきていた鋼糸が一度グッと持ち上がり上から紺那に襲い掛かった。


諦めは悪い方だが、流石にこれは状況が悪い。
どうやったら受けるダメージが一番少なくなるかを一瞬だけ考えたが、石の柱を貫通した破壊力を見てしまった後ではどれも無意味に思えた。

諦めるのは嫌だがそうも言っていられる状況ではなく、
けれどその窮地を救ったのは突如場に割り込んだ続けざまの銃声だった。


聞き違いでなければ二発、銃声に合わせて間近で何かが弾かれるような鋭い音が響き、もう駄目かと強く目を瞑ってしまっていた紺那はその音、それから自身の身体がその場から引き離されるのを感じて驚いて目を開けた。最初に視界に入った黒いジャケットは見覚えのあるものだったが、その持ち主は彼女の知っている人物とは違うようだ。サラリと揺れた黒緑の髪が紺那の頬を掠め、状況が呑み込めずに床に伏せたままポカンとそれを見上げる。半ば体当たりで突き飛ばすように、けれど衝撃からはしっかり護って紺那を危険地帯から遠ざけた少女はその視線を受けながら身を起こすと、紺那と目を合わせ緩やかに微笑んだ。
「良かった、間に合って。大丈夫ですか?」
「え、あ…ウン…。ありが、と…?」
混乱しながらも(何故か疑問形で)たどたどしく礼を言うと、紺那よりも幼く見える少女はニコリと笑って立ち上がる。短いスカートから伸びた白い脚は一見すると細く頼りなく見えるが間近でよく見るとしっかり引き締まっていて、鍛えている者の筋肉の付き方だという事は紺那にも分かった。黒いジャケットの裾が揺れる軌跡を目で追いながら、ぼんやりと口を開く。そう、このジャケットは(細部の形は違うようだったが)下のフロアで会った二人組と同じものだ。
「その服…黄理と千草と同じ…」
「!黄理君と千草を知ってるんですか?」
「あ、ウン…。下のフロアで…」
会ったよ、と続けると、二人の名を聞いて目を見開いた少女の表情が柔らかく崩れ彼女は安堵の息を小さく吐き出した。あの二人は『バラバラに投獄された仲間』がいると言っていた。だとすれば彼女がそうなのだろうか。そんな事を思いながら立ち上がるも、結局彼女にそれを問う事はなかった。紺那が口を開くのよりも先に、今度は正真正銘聞き覚えのある声が二人の間に割って入った為だ。

「――まったく、君は相変わらずとんでもない無茶をしているな」
「あれ?瑠藍だ!」

呆れ混じりの物言いは以前会った時のまま、けれどどこか声音が明るくなった気がするのは気のせいだろうか。すっかり薄汚れてしまった白衣を羽織った元研究員は、パチパチと目を瞬かせた紺那を見下ろしやれやれと浅い嘆息を零した。何でここにいるの?と問い掛けようとしたが、瑠藍の後ろから一歩進み出た、これまた黒ジャケットの少年に制される。先程の銃声は彼によるものだったのか、片手に小型銃(紺那が武器庫から拝借してきた銃と似たような形だった。恐らく彼の銃も『借り物』なのだろう)を持った少年は、一瞬だけ紺那をチラリと見やると顎で少し離れた位置を指し示した。一瞬前まで紺那が転げていたその場所では床に垂れた鋼糸がフワリと浮き上がり、柱の向こう側へ戻っていく。
「話は後で瑠藍に聞いてくれ。それより相手さんがお怒りだ」
ここまで追撃してこないのは単に攻撃範囲の問題か、他の理由か。暫しの間の後、離れたところから近付いてくるヒールの音は明らかに苛立っていたが、立ち並ぶ柱に隠れて紫桜音自身の姿は見えない。ヒールの音だけを頼りにそちらへ意識を集中させながら、紺那は小さく口を開いた。
「…結構厳しいよ、アレ」
「みたいだな。銃だと弾くので精一杯っぽいしなぁ…」
やはり先程、銃弾で鋼糸を弾き飛ばしたのは彼だったようだ。離れた位置から捉え難い標的を正確に狙撃して命中させる程の腕を持っているらしい少年は苦く顔を顰めたが、その表情は単に『面倒臭そう』なだけにも見える。あまり危機感を出さないままに浅く息をついて、彼は手の中の小型銃を構えた。
「まぁ、どうにかしねーといけないみたいだし。桜夜、いけそうか?」
「今のままだとスピード負けするかもしれませんが…やってみます」
「頼むわ、援護するからよ。瑠藍、合図出すから」
「…あぁ、分かった」
意外にも瑠藍にまで作戦指示のようなものが出された為に紺那は少し驚いて瑠藍を見上げたが、彼がこちらと目を合わせる事はなかった。ヒールの音が余韻を残して止まったという事は、ここが紫桜音の間合いに入っているという事か。再びあの紫の石が奏でる金属音が聞こえたのと、目の前の柱が粉砕されたのはほぼ同時だった。




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