失くすものに理由があるのなら
失くしたものに理由があったのなら
そうする事で、その理由を護れるのなら
それでいいと教わった。
その意思さえ貫けば、それでいいのだと。
act 07 : 紫桜の旋律
薄暗い通路に銃声が数発、続けて大きなものが倒れる音が響き渡る。硬い床の上に崩れ落ちるようにして倒れたのは全長三メートル程の機械の塊だった。よく見ればそれは人に近い形をしていたが、部分部分の形状が人間とは明らかに異なる為に見間違える事はないだろう。両腕に該当する部分には大型の銃器が一体化するように取り付けられており、頭部には人間で言うところの『顔』はなく、代わりに大きめの丸いレンズのようなものがはめ込まれていた。一見、巨大な一つ目にも見えるそれにはいくつかの銃痕が残り、レンズは砕けて内部から細い煙が出ている。周りにパリパリと小さな電流が走っているのは回路がショートしている証拠か、数秒前まで安定して立ち、二足で歩行していた機械の兵士は今は無残にも床に転がるだけ。
足元に転がるそれを慎重に眺めながら、撒き上がった埃を片手でパタパタと払い小さく息をつく。握り締めた小型銃に追加の弾を込めると、紺那は床に転がった機械兵を軽やかに飛び越えて先へと歩を進めた。
千草に教えて貰った武器庫からは小型銃を二丁拝借してきたが、生憎両手で同時に撃つ技術を会得していなかった為に一丁はガンホルダーに入れて腰元のベルトに引っ掛けてある。近接用の武器も探したのだが、目ぼしいものがなかったので銃器しか持って来なかった。基本的に彼女は無駄に持ち物が増えても意味がないという考えだった。イマイチ当てにならない武器を無理に使うくらいなら、使い慣れた自らの体術を信用する。
(オート操作の戦闘型ロボもいるのか…。これは確かに生易しくないなぁ…)
『そっからは要注意。ここみたいに生易しくねぇよ』
下のフロアで千草が言っていた言葉を思い出しながら、手の中の銃に無意識に力を込める。長めの階段を上った先、『トラップエリア』に当たるらしいこの場所には確かに全く人の気配がなく、代わりに自動で動く仕掛けや機械兵などが配置されているようだった。ここを突破していくのは確かに生易しくはない。しかし、先程から紺那が不審げに思っていたのは実はもっと違うところだった。
(…でも…生易しくはないけど、相当厳しい訳でもないよね…?)
先程の機械兵にうっかり出くわした時は真面目にどうしようかと思ったものだが、向こうの動きが意外と遅かった為に案外何とかなった。寧ろ人間相手ではない為に気持ち的に戦い易くすらあった程で、これなら下のフロアで黄理に狙われた時の方がよっぽど危なかったような気がする。勿論これより上の階層に上がるにつれて仕掛けは厳しくなっていくのかもしれないが、現段階では意外と何とかなりそうで内心拍子抜けしていたところだ。それもこれも担当者である銀鈴が席を外しているからで、つまりこのフロアは現在仕掛けの大半が眠っているようなものなのだが、そんな事は勿論紺那が知る筈もない。運良くもトラップマスターの不在中に先を急ぐ少女は、思った以上に低めの攻略難易度を不審に思いながらもその足は止めなかった。
***
どのくらい進んだのだろうか、行き止まりに突き当たる事はないが上のフロアへの階段も未だ見付からず、徐々に正確な感覚が失われていく。薄闇の中の景色はさほど変わっていないと思っていたのだが気付かない内に徐々に通路の幅が広くなっていたようで、今では通路というよりもどこまでも続く部屋の中央を延々と歩いているような状態だ。天井が崩れたり刃物が襲ってきたりする仕掛けは所々にあるものの、敵らしい敵は先程倒した機械兵だけで、この奇妙な平坦さと静けさが妙に不気味で自身を落ち着かせる為に小さく息を吐き出す。気付けば先程までは一定間隔で立っていた柱の数が明らかに増え、無数に柱が立ち並ぶ妙な空間へ出ていたが、一体いつから柱の数が増えていったのかすらよく分からない。薄闇の中に立ち並ぶ円柱の柱はぼんやりと淡く光っているかのようにも見えたが、実際は周囲よりも若干色が薄い為に光って見えるだけのようだった。
感覚が麻痺しかかっている。このまま嫌な方向に進みそうな状態をリセットするかのように、紺那は苦く顔を顰めて一度その場で足を止めた。
無数の柱のせいで見通しが悪く、今立っている場所の広さの把握が難しいが、ちょっとしたホールくらいの広さはあるんじゃないだろうかと今頃気付く。薄暗い為に正確な距離感は掴めなかったが天井もかなり高いようで、よく見れば両サイドの壁際にはぽっかりと開いた穴のように幾つかのルートへ枝分かれしていそうな道が遠目に見えた。足元にはうっすらと靄のようなものが漂っていたが(一瞬毒ガスかと思ったが、単にフロア内の埃が撒き上がったもののようだった)風が流れていない為に紺那が立ち止まった事で足元の靄も再び床へと積もっていく。温度は暑くもなく寒くもない。若干息苦しいのは何もこのフロアだけでなく、下のフロア――牢獄エリアから感じていた事なので、この際問題ないとする。無音の空間に紺那の足音だけが聞こえていた状態だった為、彼女が足を止めた今聞こえるものは自身の小さな息遣いだけで、張り詰めたような静寂が場に満ちていた。
だからこそ、気付けたのかもしれない。
小さな、本当に小さな金属音の反響に。
「――!」
金属製の武器のような重みのある音ではなくアクセサリが奏でる涼やかさに似た、それでいて鋭さを纏った音が鼓膜を掠めて紺那は目を見開いた。素早く辺りを見渡す彼女の視界の端を紫色に光る小さな煌めきが一瞬走り抜け、それを見落とさなかった紺那は慌ててそちらに向き直る。それと同時に地を這う蛇のような、けれど蛇よりも遥かに速い紫色の光が足元から浮き上がるようにして紺那に襲い掛かり、それは反射的に身を捻った彼女の手元を掠めて手の中の小型銃を弾き飛ばした。
(な、にコレ――)
薄闇に紛れてどこへ飛んだか分からない銃を追うよりも、まだ手元に一丁銃器は残っている。混乱の中、それでも体勢を立て直しながら腰元の銃をホルダーから引き抜いて構えると、目を凝らした先――薄闇の向こう側にぼんやりとした人影が一つ。今迄無音に近かった空間に響く高いヒールの音と共にこちらへ近付いてくるその人物は、足元で渦を巻くかのように動く糸を手繰り寄せながら艶やかに笑った。
「相変わらずしぶといわね、小娘。まだ生きてたなんて驚きだわ」
「!アンタ、あの時の――!」
スイと右手を動かすと呼応するように鋭く光る糸が動き、糸に取り付けられた紫色の小さな宝石のようなものがキラキラと煌めく。まるで彼女の動作に合わせたかのように無数の柱に取り付けられた照明が一つずつ強さを増し、地上で紺那に傷を負わせた女傭兵の姿をハッキリと照らし出した。