>> ソラカゴ TOP > 小説置場 TOP

act:06-05

吹き抜ける風の音、ザラリとした砂の視界。
擦り抜けるように過ぎ去る残像を見送って緩やかな覚醒を迎える。


真っ白なシーツの上で再び目覚めた蒼姫は、意識が戻ったのと同時に容赦なく甦った翼の重みに思わず顔を顰め、それによって今度こそここが現実世界なのだと確信した。真っ白い部屋には蒼姫の他に人の気配はなく、寝台の脇に置かれた医療器具から定期的な電子音が聞こえてくる。身を捩って起き上がろうとしたのだが、腕や足がコードや点滴に繋がれていて動くのが億劫だったので今起き上がるのはやめた。

限られた視界の中でゆっくりと周囲の状況を観察する。四方を囲う白い壁には染みひとつなく、医療器具と寝台の他には小さなサイドテーブルが置いてあるだけだった。この体勢では見えないが、電子音に混じって秒針の音が聞こえてくるのでどこかに時計があるのかもしれない。尤も、時刻を把握したところで既に時間の観念を忘れた彼女には大して意味などなかったが。


ゆっくりと繋ぎ合わせた記憶の中で、何故意識が途絶えていたのかを思い出す。そう、彼女は確か、実験途中で翼の力に耐えきれずに倒れたのだ。膨れ上がった力がどうなったのかは分からないが、一応こうして生きているという事は体内で暴発したという事にはならなかったのだろう。けれど背中に感じる重圧は実験前よりも確実に重みを増していて、今こうしている間にも蒼姫の体力を削り取っているのが分かった。目覚めたばかりだというのにどこかまだ眠いのは恐らくその為だ。
動きが制限されてしまうと更に睡魔が襲ってくるので、蒼姫は脳を働かせる事にした。意識を失っている間に見たものは、彼女の脳内に明確に記憶されている。ただ、その意味は分からないけれど。



幼い姿の銀鈴

空を舞う金属の生き物

表情のある銀恢

交わされた『約束』

蒼の世界に佇む『蒼姫によく似た少女』



そして『彼女』は言ったのだ。


『貴方はちゃんと、憶えているよ』と――



続け様に見た光景がフラッシュバックのように断片的に浮かんでは消え、それに小さな頭痛を覚えて蒼姫は緩くかぶりを振った。彼女は全ての光景に見覚えなどなく、それ故単なる夢だと解釈するのが一番常識的だろう。けれどあの一言のせいか単なる夢で終わらせる事が出来ず、だからと言ってあの光景で何が分かった訳でもない。そもそも蒼姫には過去の記憶が殆どないのだ。憶えていると言われたところで憶えていないものはどうしようもない。誰に聞こうにも教えてくれる者などいる筈もなく――


『姉上は本当に記憶が…』


それは、暗く濁る水面に透明の雫が落ちるかのように。
ふいに脳裏を掠めた数刻前の少年の言葉が新しい可能性を呼び起こし、蒼姫は一瞬目を見開いた。


そうだ、一人だけいるではないか。銀恢や白凪が蒼姫に情報を与えてくれるとは思えない。けれど蒼姫の記憶がない事に酷く落胆しているあの少年なら。彼はバード・プロジェクトとは直接的な関係はないようだったが、何か知っているのではないか。『彼女』を、『記憶』を、それに繋がる『何か』を知っているのではないか。口止めされていたとしても、どうにかして聞き出す事は可能な筈だ。


――銀鈴に会わなくては。


導き出した唯一の答えに静かに一つ頷いて。ゆるりと上げられた目線には既に強い意志の光が宿っていた。その輝きは先程『記憶』の中で見た兄弟の真っ直ぐな眼差しによく似ていたが、蒼姫が自分でそれに気付く筈もない。表情を引き締めた蒼姫は両手をベッドの上についてそこに体重をかけながら、重い体をようやく持ち上げたのだった。




prev  top  next