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act:05-09

四方を囲う清潔な白い壁はシンとした静寂を作り出し、大きめの窓からは鮮やかな青空が覗く。白の中で一際映える蒼はスッキリと晴れ渡り、けれど部屋の主はそれに目さえ向ける事なく白い寝台の上にうつ伏せに身を投げ出していた。少年らしい細身の身体は力なく伏せたままで、いつも手につけているグローブも今はベッドサイドの机の上に投げ捨てるようにして放置されている。柔らかな白い枕に額を押し付けると細い銀蒼の髪がシーツの上にパラパラと散らばり、銀鈴はそのまま塞ぎ込むように瞳を閉じると大きめの枕を抱え込むようにしながら浅い溜息を吐き出した。


居心地の悪いエレベータから降りて白凪と別れた後、彼は仕事場には戻らずにこうして自室に閉じ篭っていた。白凪からは脱獄者の確認をと言われていたし仕事が残っている事も充分承知の上ではあったが、それを敢えて捨て置いて部屋に戻ってきたのは『銀鈴』としての個人を見てくれない周りに対するささやかな反抗に近い。けれどそれでも仕事の事が頭の片隅から離れないのは基本の性格が真面目であるからだろう。やりきれないように何度目かの嘆息を零してゆっくりと瞳を開くが、黄金色の瞳はどこか陰っていて固まらない気持ちに呼応するかのように視線が静かに揺らいでいた。
もう何度目になるか、小さな溜息を吐き出してその場でノロノロと上体を起こす。寝台の上に座り込んだ銀鈴は気だるそうに視線を巡らせ、そこでようやく机の上に投げっ放しにしていたグローブが赤く点滅している事に気付いた。――正確に言えばグローブに取り付けられた二つの宝玉の内、右手の甲の宝玉が、だが。

普段 蒼く染まっているそれが赤く点滅を繰り返しているという事は、彼の仕事場に何かしらの異常が発生したという証拠だ。鋼の塔の全てのシステムを司る『鋼核(コウカク)』とリンクしているこの石は、持ち主である銀鈴が仕事場から離れていても異常が起きた際にはそれを感知し知らせる能力を持っている。
それがどの程度の問題なのかは分からないが、その影響で塔内のどこかのシステムが停止していたり情報が外部に流れたりしているケースも充分に考えられる。それ故普段ならば血相を変えて仕事場に飛んで行くところだが、今日は何故だがそんな気にならずに銀鈴はどこか他人事のような気持ちでその赤い点滅を見つめていた。けれど彼が動かなければその点滅が消える事などない。暫く黙ってそれを見やっていた銀鈴は、仕方なく、といった風にノソリと立ち上がった。

(…行かなきゃ)

兄や白凪に思う事がないと言えば嘘になるし実際こうやってささやかな反抗をしていた訳だが、それでも結局は彼らに必要とされる自分でありたかった。慣れた風にグローブを手につけながら気持ちを切り替えるように浅いかぶりを振ると、背中に垂れた長い布を翻して部屋の出入口へ向かう。小気味良い音と共に開いた自動ドアを潜ると、丁度二人の研究員が部屋の前を通り過ぎていったところだった。銀鈴には気付かなかったのだろう、軽い雑談を交わす彼らの話し声に少年の耳も自然とそちらに意識が向く。

「それにしてもレベル02の実験は正直まだ早かったんじゃないか?あれ、間違いなく力の暴走だろ」
「早かったというより施すべきではなかったんだ。あれでは彼女もいつまで持つか…」
「『鳥』とはいっても体力的には人と変わらないしな…。倒れてからどうなったって?」
「分からない。意識が戻らないと聞いたが…」



実験

力の暴走

意識を失った


――『鳥』が。



「――オイ!」
急に鋭く響いた少年の声に研究員達は揃ってビクリと身を竦ませると反射的に足を止めた。慌てて振り返った先、小走りで彼らに駆け寄ってくる銀鈴に気付くと緊張したように姿勢を正す。
「ぎ、銀鈴様、こちらにいらっしゃったのですか」
「階下で白凪さんが探していらっしゃいましたが…」
「煩いんだよ、そんな事お前らに関係ないだろ!」
いつもの攻撃的な物言いも、気持ちが焦っているせいか余計に鋭く響く。自分よりも大分年下の少年に睨まれて困惑したように黙り込む二人の研究員を見上げると、銀鈴は強気の姿勢は崩さないままに更に詰め寄った。
「それより今の話!バード・プロジェクト絡みだろ!?何があった!」
「え…その、それは…」
「我々からは何とも…」
例え相手が銀鈴であっても機密事項である為に躊躇いがあるのか。横目で顔を見合わせて口篭る研究員達を睨みつけて、銀鈴は彼らの胸倉を掴む勢いで更に強く声を放った。

「言えよ!――姉上が、どうしたって!?」







***


大切に大切に
抱え込むものはたった一つで良かった。


それは

焔の如く、逆風に揺らめきながらも
決して消える事のない

焔の如く、真摯に燃え盛る
滾る意思。


各々が宿したその信念は
やがて遠い空に届き、風を掴む。


その軌跡を描くような焔の光は

一つずつ、けれど確かな鮮やかさで

闇を照らして咲き誇っていた。




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