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act:05-06

黒斗と茶葵の動きは先程までの回避重視だった戦闘スタイルに比べて、今度は随分攻撃的なものに変わっていた。積極的に攻撃を仕掛けてくる二人に、けれど紅蓮と碧も翻弄される事はなく彼らのスタイルで攻めてくる。最初に見た漫才めいたやり取りからは想像も出来なかったが、かなりの実力者なのだという事はいい加減認めざるをえない。


熱が皮膚を焦がす感触に顔を顰めながら、黒斗は靴底で床を擦り右足に軸を定めると目の前の小柄な少年のこめかみ辺りを狙って左足を大きく振り上げた。距離を詰める事を第一に考えていた為に多少の火傷は仕方ないと思う事にした。流石に火炎放射や碧の直撃をくらってしまうと身体自体が動かなくなってしまうだろうから、最低限それだけは避けないといけないとして。
普段から接近戦ばかりやっている黒斗程ではないにしろ、遠距離系である筈の紅蓮も意外とそれなりに接近戦もこなせるようだった。グッとのけぞった小柄な身体は黒斗の蹴りをかわしながら両手で持った光石銃を振り上げる。鈍い銀色の残像が鼻先を掠め、そればかりに気を取られていた黒斗は真上に迫った巨大な拳に気付くのが遅れて思わず目を見開いた。
「黒斗!」
流石にこれはマズイと本能が悟った瞬間に響いたのは茶葵の声で、それに反応する間もなく黒斗はその場から突き飛ばされて結果的に碧の攻撃を回避した。驚いて跳ね起きた黒斗は、そこで彼を庇って碧に弾き飛ばされた先輩の姿を見付けて更に大きく目を見開く。
「――!」
「余所見してていいのかよ?」
笑い混じりの声にハッとして振り返ると、目の前を銀色の残像が過ぎって世界が反転した。一瞬の隙が連鎖して勝敗を決するのはよくある話。それを引き起こした己の未熟さに後悔する間もなく、背中に強い衝撃を受けてようやく現状を理解する。紅蓮の光石銃に殴り倒された黒斗は亀裂の入った床の上に仰向けに倒れ込んでいて、腹の上には底の厚い靴が片方乗っていた。

「…よぉ、イイ格好じゃねぇか」

彼にとっても結構に体力を消費する動きだったのだろう、ゼエゼエと肩で息をつく紅蓮は黒斗の腹を踏みつけたまま口元を吊り上げてニヤリと笑う。踏み付けた足に力が込められているのは黒斗が起き上がれないように動きを止めている為か、もしくは単に優越感に浸っている為か。反転した世界では天井の照明が奇妙に明るく、こちらを見下ろしてくる紅蓮の顔には暗く影が落ちていた。
「なぁにが護衛隊の戦い方だ。逃げ回ってたのが向かってくるようになっただけじゃねぇか。しかも弱ぇし」
吐き捨てるように笑う紅蓮を床の上に転がったまま見上げて、切れ気味の息を一つ吐き出す。碧程の力ではないにしろ、重い銃器の一撃をくらってしまったせいか視界がグラグラと歪んでいた。
「…銃」
「あぁ?」
ポツリと落ちた言葉に先の方で枝分かれした紅蓮の眉がピクリと動いた。それには特に反応を示す事もなく、どこか虚ろな漆黒の目が下からノロノロと紅蓮の銃へ目を向ける。たった今、彼を殴り倒した(本来は殴る為のものではないと思われるのだが)大型銃器。黙ってそれを見上げていると、地鳴りのような足音が響いて紅蓮の背後に碧の姿も視界に映った。碧がやって来たという事はもう他に動ける敵がいないのか、それとも単純に碧が紅蓮にベッタリなだけなのか。残念ながら茶葵がどうなったのかは今の黒斗の位置からは分からなかった。
「五連の…光石銃か」
突拍子のない一言に紅蓮は碧と顔を見合わせて、それから何とも単純な事にニヤリと得意気に笑った。チラリと自身の愛用武器へ目線を投げて、得意気に鼻を鳴らす。
「おぅよ、冥土の土産に教えてやらぁ。火属性の光石銃『炎帝(エンテイ)』。五個も天然光石繋がってんのは珍しいだろ。まっ、俺様だから使いこなせるんだけどな」
「…五個…ね…」
吐息と共に吐き出した言葉はどこか笑い混じりで、それを敏感に聞き咎めたのか得意気だった紅蓮のこめかみが一瞬にして引き攣った。黒斗を踏みつけたまま彼の顔に向けて銃を構えた紅蓮は、躊躇いなくトリガーに手をかける。鋭さを取り戻した真紅の瞳が射抜くように上から黒斗を睨みつけた。
「あぁ?何がおかしい」
銃口が迫る圧迫感と、上から降り注ぐ強い眼光。けれどそれにまるで臆する事なく、黒斗は銃を突き付けられたまま緩やかに瞳を閉じた。死を覚悟したというよりも、まるでその攻撃が届かないという確信があるかのように。
「おかしいさ。五個と五連の違いも分からねぇなんて」


五つの光石が個々で取り付けられている場合は、五つそれぞれを別々に制御する必要がある。しかし五つの光石が連なっている場合だと、一つを制御するだけで自動的に他の四つも同じように作用する為に制御するのは一つでいい。

そう、やたら『五個』を強調している紅蓮だが、要は一つの光石を制御しているに過ぎないのだ。確かに光石一つのものよりも何倍かの威力を持つのだろうが、彼がその代償として支払っているものは己の制御力ではなく純粋に媒体となる素材の頑丈さという事になる。


「…ウチには光石四個を同時制御するヤツもいる」
ゆっくりと口元を吊り上げて、伏せていた目を開くと黒斗は笑った。先程までのどこか虚ろな目線ではなく、自信家の少年の力強いいつもの笑み。動きを押さえられている為に身体は動かないが倒れても尚、放さなかった漆黒の棍を握る手に徐々に力を込めていく。そこに宿る、離れても消えない確かな絆を握り締めるかのように。
「五連?全然凄くねぇな。火遊びなら水場の近くでやんな、坊主」
「――もういい、テメェは死ね!」
今放てる最大限の挑発には、それに見合った最大限の怒りが。鋭く放たれた怒声と共に黒斗の眼前に真紅の曲線が浮かび上がる。けれどそれを眺める黒斗の表情はとても死の淵に立たされたようには見えず、赤い光が彼の世界を染め上げる中、緩い笑みさえ浮かべてみせた。ぐるりと円を描くような動きで紋様を作り上げるラインが一際強く輝き――けれどそこに前触れなく割り込んだのは赤よりも柔らかな、けれど強い光を放つ障壁だった。

「――!?」

それは限りなく赤に近く、けれど赤とは異なる色。紅蓮の放った円形の紋様から黒斗を護るように彼らの間に突如現れた半透明の壁は、フロアを彩る色彩を一時的に上塗りする程に強い焔色の光を放つ。光に飲み込まれた赤い図形はその記号を無意味なものへと変えて宙に溶け、紅蓮の持つ銃の光石は焔の光に触れると輝きを失い機能を停止させた。あちこちで燃えていた炎も光に触れると同時に熱の余韻だけを残して消失する。

「…光石は数が多ければいいってもんじゃないさ。どんなに強い力も消してしまえば意味がない」

穏やかに紡がれた声は鮮やかな焔の風に包まれて、柔らかく場に満ちる。手元から零れ落ちる光は火の粉にも似ていて、淡く光る橙色の光石は、力の解放を意味していた。
黒斗達三人から少し離れた場所に立つ茶葵の口元には血が滲んでいたが(先程、碧に弾き飛ばされた時のものだろう)さほど酷いダメージを負っているようには見えず、彼が持つ漆黒の銃の先端には力の余韻か鮮やかな焔色の光が宙に綺麗な残像を残している。トリガーに指をかけたまま微かに瞳を細めると、渦を巻くように足元から吹き抜けた緩やかな風が細い茶髪を静かに揺らしていった。
「俺の光石銃に攻撃の力はない。その代わり、この障壁に無効化出来ない攻撃はないよ」
「何だソレふざけんな――つーか、碧!アイツ生きてんじゃねぇか!」
「え、え?死んでるなんて言ってないよ…?」
「アホかぁぁ!何で生きてる敵放置でこっち来てんだテメェは!」
「え、だ、だって…動いてなかったし…」
「生死確認くらいしろ!!」
相変わらずの凸凹漫才会話も今度はそう長く続かなかった。別方面へ意識を奪われて若干力が抜けた紅蓮の足の下、黒斗が黙って大人しくしている筈もない。腹に力を込めて下半身を捻った黒斗は紅蓮を蹴り上げるようにして身を起こし、辛うじて黒斗の足を避けた紅蓮は反射的に飛び退いてしまった為に敵に再び自由を許してしまう。跳ねるようにして起き上がった黒斗は、そのまま前方へ踏み込むと意地でも放さなかった漆黒の棍を真横に振り切った。狙う先は突然の急展開にオロオロする碧ではなく、飛び退いたばかりでバランスを保てていない紅蓮の方。
「――っ」
続け様に後方へ距離を取り、尚且つ身体も後ろに反らした紅蓮は紙一重で黒斗の攻撃をかわし、棍の先が紅蓮のコートの裾を掠めて空を切る。後ろ向きに跳ねるように間合いを取った紅蓮は、黒斗の武器の間合いから完全に逃れると嘲るように笑った。
「へっ、届かねぇよ!残念だったな!」
リーチの長い棍とはいえ、長さが目に見えている以上間合いを測る事は可能だ。けれど黒斗は紅蓮を追う事はなく、グッと床を踏み締めるとその場で更に棍を振る。当然、その攻撃はもう紅蓮に届く事はなく虚しく空を切って終わる筈だった。――彼の間合いが『突然広がらなければ』。

「――!?な――」
「『残念だったな』?そりゃあこっちの台詞だ」

漆黒の瞳が笑ったのは漆黒の影に飲み込まれて紅蓮からは見えなくなる。力強く振り切られるのと同時に、今の今まで紅蓮が棍だと思っていた長い棒の先端から鋭く尖った細い漆黒の刃が飛び出したのだ。鈍い光を纏うそれは一気に相手との距離を詰め、切っ先を本来ならば届く筈のなかった紅蓮の襟元に引っ掛けた。そのまま黒斗は少し前に晴を投げ飛ばした時と同じような動きで、漆黒の槍を軸に渾身の力で紅蓮を碧の方へ投げ飛ばす。どこか間抜けな二重奏の悲鳴と衝突音、それから重いものが派手に転倒する音が順序良くホールに響き渡った。




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