熱を持ち過ぎた鉄のような銃口は鮮やかな紅に彩られ、その先端に出現した光のラインは生き物のように滑らかな動きで巨大な円のようなものを描いて宙に赤い光の紋様を作り出した。複雑なラインが入り組んで出来上がったそれは、銃身に取り付けられた宝玉の配置と同じように一つの大きな円形の紋様を取り囲む四つの小さめの紋で構成され、銃口に対して平行に完成した図形は一度強く赤い光を放つ。それと呼応するかのように図形の一番外側の円が炎に包まれ、続けて中心から渦巻く炎が直線上に飛び出した。
「――!」
意思を持ったかのように三人に襲い掛かった炎は、開いた距離を一気に詰めて全てを飲み込むかのように灼熱の世界を作り出す。反射的に後方へ飛び退いた茶葵は着地と同時に更に後方へ距離を取り、彼とは別方向へ逃げた黒斗と晴へチラリと目線を投げた。茶葵と同じように紅蓮から距離を取って着地した黒斗の左手は晴の襟首を掴んでいて、ぶら下がるように足を浮かせていた晴はそのまま後方に軽く放り投げられる。前触れなく手を放されてもスタンと綺麗に着地した晴は物のように扱われても気を悪くした様子はなく、鉄棍を手にしたまま黒斗の後方から彼に向かって声を投げた。
「サンキュ、黒斗!」
「…ったく、この馬鹿!アイツ、お前のせいでキレただろが!」
「えー?俺のせい?」
「どう考えてもそうだろ!」
一気に燃え広がった火は晴達三人と紅蓮を分断するかのように炎の壁を作り出し、辺りはたちまち煙と熱で包まれる。黒斗と晴が無事であった事にひとまず安堵した茶葵は、煙を吸い込まないようにしながら注意深く視線を巡らせた。大体の立ち位置は覚えているが、炎の壁が邪魔でここから紅蓮の正確な位置が掴めない。黒斗の位置からもそれは同じだったようで、彼はまだどこか幼さの残る顔を顰めて苛々と舌打ちを零した。
「…クソ、見えねーな。オイ、お前は下がってろ!」
後半は晴に向けて放った言葉だが、晴もそれで大人しく退くような性格ではない。案の定と言うべきか、即座にかぶりを振った晴は下がるどころか黒斗の隣まで駆け戻ってきた。
「何で?俺も戦えるっつーの!俺、アイツの位置分かるし!」
「はぁ?馬鹿言うな、見えねーだろ!」
「見えねーけど分かるもん!任せろっつーの!」
「オイ、馬鹿!待て――」
制止を振り切って床を蹴った晴は、反射的に伸ばされた黒斗の手を擦り抜けて炎の壁に向かって一直線に駆けて行く。熱が届くか否かのギリギリのラインを見極めて体勢を落として床を踏み切ると、彼はそのまま高く跳躍してフロアを分断する炎の境界線を軽やかに飛び越えた。揺らめく炎の先端が足元を掠ったようにも見えたが、それも一瞬の事であった為に特にダメージらしいダメージにはならなかったらしい。後先を考えないその直感的な行動に驚いたのか、少し離れたところから茶葵の声が飛んでくる。
「晴!…マズイな。黒斗!頼めるか!?」
「分かってます!…んのアホが!最悪だ!」
返事と同時に駆け出しながら、黒斗は炎の向こう側に消えた小柄な少年を追って自身も炎の壁を踏み越えた。
***
真紅の炎は後方で尚燃え上がり、焼き付くような熱が辺りを包む。炎の境界線を飛び越えると、敵の姿はすぐに見付かった。銃を撃ち込んだ体勢のまま目線を静かにこちらに向けた紅蓮は、先程とそう変わらない位置に立ちその指は変わらずトリガーにかけられている。光石の力を引き出している途中か、丸い銃口は再び赤く染まりつつあった。碧は相変わらず高い位置で蒼白になってオロオロしていたが、晴的に彼は今の段階で眼中になかった為に一直線に紅蓮の方へ足を向ける。単独で炎の壁を抜けてきた晴を見やって、紅蓮は口の端を吊り上げて薄く笑った。体型は特別小柄であるが、その表情には幼さの欠片もない。
「…よぉ、一人か?てめぇは許してやんねーからな」
「へっ、上等だっつーの!」
一直線に突っ込んでくる晴に狙いを定めて再び解き放たれた火炎放射を、けれど晴は焦る事なく直前で高く跳躍してかわす。そのまま直線上に突き進んだ火炎は背後の炎の壁に吸収されて、火の勢いが益々強くなった。室内の温度は急速に上がる一方で、狂ったように燃え盛る業火はその場のものを赤く染め上げていく。軽やかに炎の渦をかわして着地した晴は、目線を紅蓮から逸らす事なく自慢の俊足で相手との距離を一気に詰めると、再び強く床を蹴った。
「直線上にしか出ねぇんなら怖くねーもん!かわせばいいだけだっつーの!」
跳躍と同時に銀の鉄棍を大きく振りかぶって、高い位置から紅蓮の脳天を狙う――が。
「――誰が直線上だけっつったんだ?」
低く笑う声に重ねて虫の羽音にも似た、空気が振動するような音が間近で聞こえて晴は思わず空色の瞳を大きく見開いた。ゾクリと背筋に寒気が走ったのは本能が危険を察知した為か。けれど床に足がついていない今、晴にその場から逃げる事は出来ず、罠にかかった獲物を紅蓮が見逃す筈もなかった。
宙で棍を振りかぶったままの無防備な状態の晴の丁度両脇、距離にして一メートルも離れていないような場所に突如赤いラインが出現する。視界の両端に映った二本の光の線は同じような動きでぐるりと円形の紋様を描き、一瞬で赤い紋を完成させると その外円を炎で彩った。それは先程、銃口の先端に浮き出たものよりも数段小さなもので紋様の数も一つだけではあったが、あの距離から炎が飛び出せば宙で身動きが取れない為に避けようがない。このままでは両脇からの炎に挟み撃ちにされて焼け焦げるのは容易に想像出来た。そんな思考が追い付くよりも先に両脇の図形が同じように光を放ち――
「――!」
宙で放たれた小さめの火炎放射は両脇からぶつかって小さな爆発を起こす。けれどその直前、滑るように割り込んだのは漆黒の細い影で、影は晴の腹辺りを捉えると後ろ向きに彼をその場から引き離し叩き付けるように背中から床へ落とした。若干乱暴な方法ではあったが結果的に焼け焦げた晴の姿はそこになく、派手な音と同時に床に叩き付けられた少年は腹と背中に痛みを覚えて暫し悶絶する羽目になる。けれど漆黒の影――黒斗の持つ黒い棍が割り込んで晴を弾き落としたおかげで、焼き焦げるという最悪の結果は免れた訳だ。涙目で腹を擦りながら起き上がると、長い漆黒の棍がヒュッと空を切った。その持ち主は右手に持った棍を握り直しながら、漆黒の瞳でジトリと晴を見やる。
「…おっまえ、マジ最悪」
「くろ、と〜」
「泣いてんじゃねぇ!自業自得だろが!」
この馬鹿、ともう何度目になるか苦々しい顔で晴を叱り付けた黒斗は、漆黒の棍を手に紅蓮へ向き直る。紅蓮の後ろの方では先程の爆発に驚いたのか、高い足場から身を乗り出していた碧が一階に転がり落ちてオタオタ起き上がっているところだった。事故とはいえようやく彼も上から降りて来れた訳だが、立ち上がって体勢を立て直すにはもう少し時間がかかりそうだ。
「離れた位置でも出せるワケか。…コイツじゃ話になんねぇだろ?俺が相手してやるよ」
「勝手に決めんなよ、俺ぁそのクソガキに用があんだ」
漆黒の瞳を睨みつける真紅の瞳は、黒斗の斜め後ろ辺りでよろけながらもようやく立ち上がった晴を見やって視線を強めた。鋭い眼光にも臆する事のない晴はその場でベェッと舌を出すが、黒斗に容赦なくベシンと頭をはたかれてヨタヨタとよろける。
「挑発すんなっつーに…。だから下がってろっつったろ。手の内分かんねぇのに突っ走りやがって」
「ごめん、…でもさ!」
「――もういいよ、お前」
言葉を続けようとした晴を遮った声はどこか突き放すように冷たくて、その温度差の変化に晴は思わずポカンと黒斗を見上げた。今迄も散々暴言めいた言葉を吐かれてきたが、今の物言いは暴言ではないのに今迄とは明らかに違う。彼の位置から見える黒斗の横顔は晴の方を向く事はなく目線も晴ではなく紅蓮を見据えたままで、胸中を読み取る事は難しい。もう一度何か言おうと口を開きかけた時、目の前の漆黒がふいに動いた。
「!」
その場から右足を出して一歩大きく踏み込むと、黒斗は晴に背を向けたまま漆黒の棍を引き抜くように後ろから手前に振りかぶった。急に動いた敵の動きに紅蓮は警戒心を強めて身構えたが、晴は気の抜けた顔のままその動きを見やるばかり。宙に残像を残す程速く振り切られた漆黒の軌跡は、晴の目の前を下から上に縦断する途中、先端が晴の首元辺りに引っ掛かる。――否、意図的に引っ掛けたのか。
「――へ?」
何が起きたのか理解が追い付かずに、ただ間抜けな声が漏れたのは妙な浮遊感を感じてからだった。自分で跳んだ訳でもないのに浮かぶように床から離れた足の裏の感覚は奇妙なもので、強い力で更に頭上に引っ張られて晴の小柄な身体が宙に投げ出される。晴の服の首元に棍の先端を引っ掛けた黒斗は、彼の方を見る事もなくそのまま晴を高く投げ飛ばした。
「うわぁぁぁ!?」
派手な悲鳴を上げながら高く飛ばされた小さな身体は 綺麗な放物線を宙に描きながら先程まで碧が上っていた高めの足場へ到着して、勢いを殺しきれずにそのまま転がるようにして開けっ放しの扉の向こう側に消えた。それとほぼ同時に扉の向こうから何かにぶつかる派手な音と、潰れたような声が聞こえてくる。どうやら上手く着地出来なかったらしい。流石に予想外の出来事だったらしく晴が消えた扉の方を唖然と見上げる紅蓮と碧の前で、倒した身体をゆっくりと起こしながら黒斗は何事もなかったかのように軽く首を捻ってみせた。呟くように落ちた声は独り言か、少なくとも晴には届かない筈だ。
「もういいよ、下がれねぇなら先行ってろ」
「――っ黒斗ぉ!何すんだよっ!」
声に反応した訳ではないだろうが少しの間の後、扉の向こう側から慌てて戻ってきた晴は着地の際に頭を打ったのか涙目で頭を擦っていて、高い足場から身を乗り出すようにしながら階下にいる黒斗に抗議の声を飛ばす。けれど黒斗はそれに見向きもせずに厳しい眼差しで紅蓮を見据えたまま、静かに口を開いた。
「うるせぇな。もう行けよ、お前」
「何でっ…」
「言わなきゃ分かんねぇのか?足手纏いなんだよ」
「――っ」
響く程大きくはない声は、けれどそれでも晴の耳に届くのには充分で、きっぱりと告げられた戦力外通告に空色の瞳が微かに見開かれた。今迄の暴言と違うのは声音で分かる。相変わらず晴の方を見ようともしない黒斗の声からも表情からも、からかっている雰囲気は欠片も見えなかった。
その場から一歩足を退いたのは殆ど無意識だったかもしれない。ザリ、と靴底が床の表面を擦る音すら耳に入らずに食い入るように黒斗を見つめたままだった晴は、何か言葉を言おうと開きかけた口をグッと引き結んで素早く方向転換するとその場から背を向けて扉の向こう側へ駆け出した。
「――黒斗のアホッッ!」
決して目を合わせようとしない黒斗へ、涙声の暴言を吐き捨てて。