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act:05-03

開きっ放しの扉を潜り抜けた先は、予想通りぐるりと外壁が円形に囲まれた大きなホールのような場所だった。三階分程の高さがある天井は吹き抜けのように開放感があり、一番上に照明が取り付けてあるのか白い光が降り注いでいる。それ程強い光でもないのだが暗い通路にすっかり目が慣れてしまっている三人には一瞬眩しさを覚える程で、晴に至っては無用心にもゴシゴシと目を擦っていた。
入ってきた扉を入口だとすると、出口は三つあるようだった。扉のないアーチ型の空洞がホールの左右に一つずつ、それから真正面にやたら大きな扉が一つ。三つの内真正面の扉だけは床に面している訳ではなく、少し高いところ(二階に届かない程度だろうか)に作られた足場のような出っ張りの奥に取り付けられていた。手摺りすら取り付けられていないその足場はそれ程広くはなく、せいぜい4,5人が並べるといったところか。一階から伸びた支柱に支えられたそれが出っ張っている以外は特に目に付くものは何もなく、ただただポッカリと広い空間があるばかり。
勿論三つの出口の内、どれが正解かは分からないしその中に正解の道があるのかすら分からない。円形に聳える灰色の壁は端から端まで(この場合、部屋の直径という事になるが)およそ四十メートルはあるかという程で、いきなり開けた空間に茶葵と黒斗は警戒を強めて注意深く視線を巡らせた。見通しが良いという事は、敵からも見付かり易いという事だ。
「待ち伏せ…はないみたいですね」
「まだ分かんないぞ、警戒解くなよ。…晴もちょっとは警戒しような…」
引き締まった空気のすぐ隣で、緊張感なくきょろきょろと辺りを見回す晴に脱力感が漂う。本当にこれで世間に名の知れた空賊『疾風』の一員なのかと疑いたくもなるものだが、僅かな時間行動を共にした限り、この少年はまだ成長途上で荒削りながらも実力は確かにあるようだった。空賊という連中は自由人が多いと聞くが皆こんなものなのだろうか、奔放でマイペースな晴に半ば肩を落としたくなりながらも慎重に足を踏み出して入口から数メートル進んだ時、聞き覚えのない声が何処からともなくホール全体に響き渡った。


「待ち伏せ?そんなんする意味ねーだろ。そーゆーのは弱い奴がやるモンだぜ」
「――!」


反射的に身構えるが、響いたのは声だけで相手の姿は見えない。声の出所を探すように素早く周囲へ目線を巡らせた茶葵と黒斗の隣で、晴は迷う事なく少し上の方へ目を向けた。空間が広い為にホール全体に反響した声は出所を割り出すのが難しい。それでも感覚で物事を捉える彼の五感は一般よりも優れているらしく、一瞬で声の出所を割り出したようだった。目線の先には三つある出口の内、彼らの立つ床に唯一面していない扉。高い位置に取り付けられた大きな扉を真正面から仰ぎ見る晴より一拍遅れて、隣の二人も声の出所に気付いたらしくそちらへ目を向ける。
「――あそこか」
「よく分かったな!」
どこか楽しそうに響いた声と共に、派手な音をたてて重そうな扉が開け放たれた。

扉の向こう側には小さな影と大きな影が一つずつ。その身長差は大人と子供のように――或いはそれ以上に開いていて、小さな少年の頭位置は大きな男の腰元までしかなかった。その割にやたら偉そうに真ん中を陣取っているのは少年の方で、男はまるで彼の従者のように大きな身体を小さくして斜め後ろ辺りに控えている。

扉を蹴り開けたらしい右足をようやく下ろして、少年は扉の向こう側から足を踏み出すと境界線を踏み越えて足場の先端まで歩いて来た。高い位置から晴達三人を見下ろして、ニィと口の端を吊り上げて笑う。その咽から飛び出した声は、先程ホールに響き渡ったそれと同じものだった。
「よぉ、脱獄者共!俺様が直々に遊びに来てやったぜ!感謝しやがれ!」
「ぐ、紅蓮…まずは自己紹介した方がいいんじゃないかな…」
「っせぇ!なぁんで敵に自己紹介しなきゃいけねーんだ!アホかお前は!」
「ご、ごめん紅蓮…」
偉そうな物言いに少年の後ろに付き従うように控えた大男がボソボソと控えめに口を挟むが、逆に理不尽にも叱られて何故か謝る羽目になってしまった。青筋を立てて男を睨む少年が遠慮なく舌打ちを零すと、男の身体が益々縮み上がる。自分よりも大分小さい少年に怯える男は手元でごにょごにょと太い指を動かしながら申し訳なさそうに肩を落とした。

(…えーと…)

笑っていいのか(そもそも笑い所が分かり辛い)流していいのか。口を挟むにしても何とも絡み辛い。相手がこちらを『脱獄者』と呼んで『敵』と見なしているようなので彼らは敵に間違いないのだろうが、どうにも緊張感に欠けるのは気のせいではないだろう。反応に困ってチラリと仲間達の様子を盗み見た茶葵の隣では黒斗が半眼でうんざりした表情をしていたし、晴はポカンと口を半開きにして物珍しそうにアンバランスな二人組を見上げていた。
「漫才みてーだっつーの。コントだコント」
「ワリーな、俺ら売れない芸人のネタ見てる暇ねーんだ」
「誰が漫才で芸人だ!ざけんなコラぁ!」
思った事をそのまま口に出す晴と黒斗もどうかと思うのだが、律儀に反応を返してくる相手もどうかと思う。単純で扱い易い性格なのだろう、全力で叫び返してきた少年はそのまま強く床を踏み切ると二階分未満程の高さから迷いなく飛び降りてきた。高いところに一人残されたままの大男がオロオロしていたがそれを気にする様子はまるでなく、着地音も軽やかに床に足をつけると真正面から三人の脱獄者達を見据える。距離は開いたままだったが、上から下に降りてきた事で姿は確認し易くなった。
「最強傭兵、紅蓮様たぁ俺の事!オイ、三人いっぺんに遊んでやっから感謝しろよ一般人共!」
「一般人とか言ってますよ」
「そりゃあ俺達芸人じゃないしなぁ…」
「いつまでその話してんだ、てめーら!!」
やはり単純過ぎる性格のようだ。素知らぬ顔で話を振ってきた黒斗に軽く肩を竦めてみせると、それを聞き逃す事なく苛立たしげに足を踏み鳴らす音が響いた。相手との距離は開いたままであるし、そう大きな声で話した訳でもないのに耳がいいらしい。一人で怒っているその様を見やってパチパチと瞳を瞬かせたのは晴で、彼は緊張感なく鉄棍をくるくると片手で弄ぶように回しながら軽く首を捻った。
「変なのー。さっき自分で自己紹介しねーって言ったのに名乗ってるっつーの」
「どうせ自分で言った事忘れてんだろ。お前と一緒じゃね?良かったな、オトモダチになれそうだぜ」
「んだよ、それー!俺っ、自分で言った事くらい覚えてるもんねっ!」
「あーあー、二人共やめろって」
「俺様を!無視すんなぁぁぁ!!」
少なくとも茶葵にはからかっているつもりはなかったのだが(黒斗はどうか知らないが、晴も思った事をそのまま口に出しているだけでからかっているつもりはないのだろう)結果的に小さな少年をからかっているような状況になってしまった。けれどこういう状況は連鎖で悪化する場合が多いようで、怒りで顔を赤くしている紅蓮にこれまた上の方から恐る恐る余計な声が投げられる。
「ぐ、紅蓮〜…やっぱり自己紹介しますって言ってからした方が良かったんだよぅ…」
「まだ言ってんのか、いい加減ウゼェ!ていうか、お前はいつまでそこにいやがる!さっさと降りて来い、碧!」
「えぇぇ、階段ないよ?飛び降りるのは無理だよ高いよ怖いよ…」
「無理じゃねーよ、ヘタレた事言ってんな!現に俺は飛び降りただろーが!」
「本当だ、凄いね紅蓮…!」
「反応遅ぇし感心するトコじゃねぇぇ!」
小さな拳を握り締めて地団駄を踏む様はまさに幼い子供。彼が足を踏み鳴らす度に、厚い靴底が床と接触して高い音を響かせている。その様を見てケタケタと笑ったのは同じく幼い子供のような少年だった。


「つーかさ、アレだよな!最初っから思ってたけど、お前スッゲーちっちぇーな!降りてきて益々ちっちぇーのが分かった!」


平均よりも小柄な晴は普段から周りに「小さい」と言われる側で、それゆえ自分よりも背の低い存在を見付けて嬉しかったのだろう。彼自身は背が低い事に対して特別強いコンプレックスを持っている訳ではないようだが、やはりそれなりに気にはしているらしい。「俺よりちっちぇー」などと自分と比べている辺りが、その証拠。――ただしこの場合、それは言ってはいけない一言だった。
晴の軽い一言を耳に入れ、鋭い真紅の瞳が一度大きく見開かれて そのまま静かに細くなる。小さな背中に背負った巨大な銃器を片手で軽々引き抜いて振りかぶるように前方へ構えると、銃に取り付けられた宝玉が動作に呼応するかのように仄かな光を零して光の残像を焼き付けた。茶葵の持つ銃と同じように宝玉のついたそれは、けれど茶葵の持つものよりも宝玉の数が多い。大きめの宝玉を取り囲むように埋め込まれた小さな宝玉は全部で四つで、その全てが深い紅で彩られている。

(――五連の光石銃か)

急変した空気に多少なりとも驚きながらも冷静に相手の手を推測する茶葵の隣で、黒斗も同じように表情を引き締めて相手を見据えている。紅蓮の立ち位置から少し上の方では碧が心底怯えた表情でオロオロしていたが、この事態を引き起こしてしまったらしい張本人――晴は鉄棍を手にしたままきょとんと瞳を瞬かせただけだった。ビリビリと刺すような殺気が伝わってくるこの空気の中でもまるで態度が変わらないとは、相当の大物か純粋に何も分かっていないのか。…後者でありそうなところが何とも笑えない。

「――オイ、クソガキ。今なんつった」

低く漏れた声は先程の賑やかなものとはガラリと変わっていて、静かな怒りを滲ませている。風もないのに紅蓮が羽織ったロングコートの裾がふわりと揺れて、彼の足元に焼きつく小さな影が一層濃くなったように感じた。通常の銃で言うところのトリガー部分に手をかけて強く引くと、宝玉の赤みが更に増していき銃口の部分が熱を持ったかのように赤く染まっていく。それでも悲しい事に、晴の空気の読めなさは変わらなかった。
「えー?ちっちぇーって…」
「!馬鹿、よせ――」
慌てて黒斗が抱え込むようにして晴の口を塞ぐが、時既に遅し。いや、そもそも最初の一言を口にした時点で手遅れだったのだ。引き金になる一言だからこそ、禁句と呼ぶ。
「…俺様はなぁ…」
ザリ、と床を擦る厚い靴底の音が低く響く。底が厚い――という事は、本来はもっと背が低いのだろう。背が低いからこそそれを少しでも高く見せる為に厚底の靴を履いているのだと容易に推測出来た筈なのに。尤も、推測出来たところで晴なら無邪気にその禁句を口に出したかもしれないけれど。


「身長の事言われんのが、一番ムカつくんだよ!!」


弾けるような声と共に解放されたトリガーが合図。大気が振動するかのような独特の音が低く響いて、銃口の先端に光り輝く赤いラインが突如浮かび上がった。




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