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act:05-02

ぐらぐらと不安定に揺れる足場を爪先だけで跳ねるように進んでいた晴は、頭上から前触れなく降ってきた円柱の柱を焦る事なくその場から飛び退いて回避した。柱が床にぶつかった振動で更に揺れる足場でも驚異的なバランス感覚で倒れる事なく、バランスを保ちながら次の足場を見定める為に素早く視線を巡らせると少し離れたところから声が飛んでくる。

「晴、こっち!跳べ!」

目で捉えてしっかり確認するよりも先に、感覚を信じて身体が動くのが晴という少年だ。一瞬で声の出所を探り当ててそちらの方へ向かって床を蹴ると、向こう側から伸ばされた茶葵の手にしがみ付く。そのままグイと引っ張り上げられた身体は身軽に宙で一回転して、安全な床にスタンと綺麗に着地した。跳ねるように身を起こして、両手を頭上に向けて伸ばすとY字バランスを取るかのようにビシリとポーズを決める。
「っしゃ!さすが俺!10.0!」
「イチイチうるせーよ、お前は。静かに行動出来ねぇのか」
「って!何すんだよ黒斗!」
間髪入れずに叩かれた頭を擦りながら黒斗を睨むと「まぁまぁ」と苦笑気味に茶葵が割って入る。出会って間もない筈の彼らだが、すっかりお馴染みになってしまった光景だ。


茶葵の話によると、牢獄と地上の間のこのエリアでは管理者が動きを止めない限りは自動的に常時トラップが作動しているらしい。その場合のトラップは茶葵や黒斗的にはそう大した仕掛けではないらしく、仮にも疾風の印を背負っている晴にも仕掛けを掻い潜って進む事は充分可能だという。ただし、最も危険な状態はトラップマスターと呼ばれる管理者が自ら手を下す時で、狙われた獲物が無事にトラップを抜ける事の出来る確率はほぼ0%に近い。晴が運悪くも狙われた理不尽なトラップの時のように。


「何とか見付からないように進みたいけどなぁ…こればっかりは運だし」
再び歩き出しながら、暗い天井を見上げてやれやれと嘆息する茶葵の隣では「確かに」と黒斗が頷いて同意する。会話の内容を理解しているのかいないのか、緊張感のない顔で二人のやり取りを黙って見上げていた晴はふいにくるりと茶葵の隣に回り込むと彼の肩から下がっている大きな銃器を指した。
「なぁなぁ、ところでさ、それって光石(こうせき)銃?」
「――え?」
突拍子のない質問に一瞬思考が遅れた茶葵はパチリと目を瞬かせると、幼い指先が指すものをゆっくりと目線で辿って「あぁ」と小さく呟いた。長身ではあるがそこまで体格が良い訳ではない細身の茶葵には随分重そうに見える大型の銃器は、けれど持ち主的にはもうすっかり慣れてしまったものでこの重みが肩にかかっていないとどうも落ち着かない。
「そうだよ。こんなに大きいのは珍しかったかな」
「んーん。俺の仲間もでっけーの持ってっから」
ふるふるとかぶりを振る様に「そっか」と相槌を打ったが、まさかその「仲間」が20にも満たない歳の少女だとは茶葵も思いもしなかっただろう。黒斗も興味の薄そうな表情で、時折二人の様子を肩越しに眺めながら先頭に立って歩を進めていた。



『光石』とはスカイリアではよく知られた鉱物の一種である。
石自体に力を宿している為に、一般的には道具に埋め込んで必要に応じて力を引き出す役割が多い。力を使い果たした光石は、壊れない限りは専門の店で再度力を注入して貰う事で再び同じ力を半永久的に使う事が出来る。石を媒体にした充電可能の力は武器に埋め込むなどして武力として使われている事もあるが日常生活の中でも多く使われ、スカイリアで生きる全ての者に親しまれている便利な力だった。例えば、街中に張り巡らされた鉄線に取り付けられた人工灯。あの光源は光石の力によるものが多い。

世間に多く流出している光石には二つの種類が存在する。
地底深くや海底、鉱山などから採掘される「天然光石」と呼ばれるものと、天然光石の力を分析して人の手で模造品として作られた「人工光石」と名付けられたもの。天然光石は全て火の力や水の力など何かしらの属性を宿しているがその仕組みまでは解明されておらず、それゆえ模造品の人工光石には属性が付与していない。ただし制御し易いのも種類が豊富なのも人工光石の方で、決して人工だからといって劣っているという訳ではない。
天然光石と人工光石を簡単に見分ける方法は、半透明に透き通った石の内部をよく見る事だ。人工的な力を付与する際にどうしても避けられないのか、人工光石にはよく見ると内部に幾つかの気泡が確認出来るが天然光石にはこれがない。茶葵の持つ大きな銃器に取り付けられた橙色の石にはよく見ると小さな気泡が浮かんでいた。



「人工だな、コレ。制御カンタン?」
ひょいと首を傾けて茶葵の肩から下がった銃器を見やると、大きな空色の瞳に橙色が透けたように重なって映る。それを聞き逃さずに肩越しに振り返ったのは黒斗で、彼はジロリと晴を睨むと茶葵が問いに答える前にまたも余計な棘を口にした。
「人工だからってナメんじゃねーよ。光石ってのはそれだけで制御難しいんだ」
「む、別に俺ナメてねーもん!だって俺、光石使えねーし。計算とか面倒臭ぇっつーの」
「だよなぁ〜?見るからに使えなさそうなアホ面だしよ」
「にゃにー!?黒斗の武器だって光石埋まってねーじゃん!人の事言えねーし!」
「俺は使えないんじゃなくて使わないんだよ!お前と一緒にすんな!」
子供丸出しの喧嘩を横目で眺めてから(もはや止めるのも馬鹿らしくなってきたらしい)茶葵は肩越しに自分の武器を改めて見やった。黒く光る表面に取り付けられた鮮やかな石。これがあるからこの銃は機能するのだ。


『光石銃』と呼ばれる銃器は光石が取り付けてあるだけではなく、通常の弾丸が使用出来ないという特徴がある。銃本体はアクマでも光石の力を制御する為の媒体で、それ以外の機能をつける事が出来ないのだ。それ程までに光石の力は強力なのである。
また、武器に光石を埋め込む場合、力を発動させるまでの時間とどのくらいの力を放出させるかの計算、それから自分の持つ光石の属性に対する有効な使い方を瞬間的に判断する必要がある。特殊な力が付属する分強力で便利な武器になるが、使い慣れない内は武器を扱いきれずに振り回されるのがオチだ。現に傭兵業を営む大人でも、光石の力を上手く使いきれていない者は多い。威力の強い光石を使っていると光石の制御に失敗した時に暴発する危険がある為、光石の使用に向いていないと思う者は無理に手を出さないのが普通だった。


「最初は制御も難しかったよ。今はもう慣れたけど」
いい加減にしろ、とペシンと黒斗の頭を軽く叩きながら晴に目を向けると「へぇ〜」と純粋に感心している声が返ってくる。新しい玩具を見付けた子供のようにキラキラと目を輝かせた晴は、茶葵が咎めないのをいい事にペタペタと無遠慮に橙色の光石を触りながら興奮気味に言葉を続けた。
「じゃあさ、じゃあコレさ、スッゲーの出せるんだろ?銃でっけーもんな」
「スッゲーのって…攻撃力の話?」
「ウン!そう!」
幼い物言いに苦笑しながらも緩くかぶりを振る。ここで否定されるのは意外だったのか、晴はきょとんと目を瞬かせた。疑問符を浮かべている晴の前で、茶葵は苦笑しながら肩に下げた銃を軽く見やる。
「これはね、攻撃する為のものじゃないんだ。だから攻撃力なんかないよ」
「へ?だって武器だろ?」
「あー、まぁ…そうなんだけど…。何て言ったらいいのかな…」
うーん、と苦笑しながらも足を進める茶葵をチラリと横目で見やって、彼らの会話を遮ったのは黒斗だった。いつものように晴に喧嘩を吹っ掛ける訳ではなく、おもむろに口を開いたのは茶葵に向けて。

「――茶葵サン、前方開けましたよ」

その一言は大して大きな音ではなかったが二人の話題を途切れさせるのには充分で、一瞬の静寂がポッカリと開けた前方の空間を余計に広く見せた。距離にして十五メートル程か、細い通路の先は壁に突き当たっていて、その壁には彼らの立ち位置から丁度真正面に大きめの扉が取り付けられている。開きっ放しの扉の先は広いホールのような空間が広がっているようだったが、どうしても見える範囲に限りがある為にこの場所からは中の詳しい状況までは把握出来なかった。誘い込むようであからさまに怪しいが、道が一本道である以上は踏み込む以外に選択肢はないようだ。
無言の観察の中でチラリと黒斗と晴を見やった茶葵は胸中で思わず苦笑を零す。二人揃って全く同じように武器に手をかけている事は黒斗には教えない方がいいだろう。晴と同じ行動を取ってしまった事に不本意極まりない顔で武器から手を放す様が容易に想像出来た。代わりに、既に踏み込む気満々の年下の少年達を改めてそれぞれ交互に見やってから、軽く肩を竦めてみせる。

「…そんじゃ、折角だしお呼ばれされに行こうか?」

ここまで来て逆戻りは嫌だなぁ、などと割と軽い事を思いながら扉に向けて足を踏み出した。




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