警告音が鳴り響く部屋で光る幾つものディスプレイは、地下に繋がれた監視カメラの映像を事務的に映し出す。本来ならば問題を処理するべきである部屋の主の姿はそこになく、代わりに画面の前には極端に小さな少年と極端に大きな男が立っていた。彼らの背後では自動ドアが無残に破壊され、ドアどころか壁自体に大きな穴が開いている。その向こう側では研究員達がオロオロしながら怖々と部屋の中を覗き込むようにしていたが、彼らに意見してくるような者はいなかった。研究員達の怯えた視線を感じているのか、それともドアを壊した罪悪感からか、居心地悪そうに身を縮めたのは少年の背後に付き添うように立っていた大男で、彼は太い指を胸元でごにょごにょと動かしながら少年を後ろから覗き込むように恐る恐る身を屈めた。体格に不釣合いな、か細い声が頼りなく零れる。
「や、やっぱり入口壊しちゃダメだったんじゃないかなぁ…。後で怒られない?怒られない?」
「開かねぇモンは壊すしかねぇだろが。そもそもてめぇ、あのドアに収まるサイズかよ。ちったぁ考えろ、ボケ」
振り返る事なくピシャリと返ってきた声は鋭い音を纏っていて、反射的に男は「ごめん」と謝った。暴言を吐かれても気を悪くする様子はなく、寧ろ申し訳なさそうに身を引っ込めてしょんぼりと肩を落とす仕種は益々体格に見合っていないように感じる。
男の方は確実に二メートル以上は身長があるだろう。縦だけでなく横にも大きく、筋肉のついた剥き出しの腕は巨大な丸太のようだった。浅黒い肌は生まれつきのものか、少なくとも日焼けしたものではなさそうに見える。手首から指先までを覆う手甲は鈍い光を放ち、その辺の武器では傷一つつけられそうにないくらい頑丈そうだった。それだけのものを持っているのに態度は異常な程小さく、先程からチラチラと背後を振り返っては(目が合った研究員が何人か逃げ出していった)居心地悪そうに大きな身体を揺すっている。
それに対して、ディスプレイの真ん前を陣取った少年は小さな身体で偉そうに腕組みし、勝手に入り込んだ部屋を我が物顔で占拠していた。後ろに流した髪は深い緑色だが、触覚のように前方に長く伸びた幾房かと襟足の辺りで纏めてあちこちに向かって跳ねている髪は鮮やかな赤い色をしている。鋭い視線を投げる真紅の三白眼は真っ直ぐディスプレイの映像を見つめたままで、小さな背中には不釣合いな巨大な銃器が斜め掛けに背負われていた。鈍い銀色に輝く銃の表面には大きめの赤い宝玉が一つと、その周りを取り囲むように小さめの赤い宝玉が四つ取り付けられている。羽織った黒いロングコートは足元すれすれの長さで、ディスプレイの光を受けて床に長い影を落としていた。
この部屋の主でないと起動出来ない立体的な塔の情報ではなく、純粋に現在の地下の様子が知れる監視カメラの映像を求めていた少年にとって、社長の弟である小生意気な少年が不在であったのは大変喜ばしい事だった。特殊な契約でこの場に身を置いている彼らは権力が怖いなどという事は一切ないが、小煩く吠えられるのは純粋に苛立つからだ。たとえ自分に非があったとしても、そんな事は関係ない。彼の言動は彼の正義で、誰にも裁く事など出来ない(と彼は思っている)のだから。
地下からリアルタイムに届く監視カメラの映像を黙って見つめていた少年は、そこに興味を惹かれる要素を見付けてふいに口元を吊り上げた。元々目つきが悪い為に、本人が機嫌良く零した笑みもどんなに頑張って大目に見ても爽やかとは言い難い。
「…なかなか面白そうな事になってんじゃねぇか」
別々の監視カメラが映し出していたのは、何人かの脱獄囚達。脱獄囚がいる事自体はそう珍しくもないが、これだけ一度に複数の脱獄囚が別々のルートを辿っている事は珍しい。既に何人かはトラップエリアに足を踏み入れているようで、つまり煩く鳴り響く警報は彼らの存在を突き止めてのものだろう。尤も、責任者ではない彼にとってそんな事はどうだって良かったのだが。
暫く目で追っていたディスプレイからようやく目線を外して踵を返すと、その動作を追い掛けるかのようにロングコートの裾が翻る。やたら底が高い靴が床を踏み締めて小さく鳴った。
「あ、え、ど、何処行くの?」
無言で脇を擦り抜けて崩壊した出入口へ向かう少年に向かって、慌てたような声が飛んでくる。モタモタと身体の向きを変える男を肩越しに振り仰いで、少年は低い位置から遠慮ない舌打ちを叩き付けた。
「トロトロしてんじゃねぇ。地下降りるぞ」
「えぇ?地下は勝手に降りちゃダメだって秘書サンが…」
「知った事か。何で俺があの女に従わないといけねぇんだよ」
フンと鼻を鳴らして足を踏み出した少年は、二度振り返る事はなく声だけを背後に向けて投げ放つ。
「さっさと来い。置いてくぞ、碧(ヘキ)」
「ま、待ってよぅ、紅蓮(グレン)〜」
足音は小さいものと大きいものが一つずつ。
自ら進んで地上から地下へ向かう彼らに、口出し出来る者などいなかった。
***
創られては壊され、途切れては繋がり
生き物のように形を変える迷宮は
漆黒の闇の中で蠢いて、踏み入れた者を惑わせる。
それでも確かに
闇の中に吸い込まれていく足音は無数の響きを持っていた。
闇を振り払う為に足掻く者
闇に降り立ち、待ち受ける者
踏み出したその場から闇に染まっていくのならば
取り込まれるより早く、更に足を踏み出す以外に方法はない。
黒に刻まれてゆく足跡を途切れさせない為に
やがてその足跡が、光の下で形を成す事を信じて。