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act:04-07

割り込んだ声の余韻が通路に反響して静かに消えていく。今の今まで向けられていた殺意が水をかけられた火のように静かに消えていくのを感じながら、紺那は反射的に止めていた息をようやく飲み込んだ。目線をゆっくりと上げ、そこで初めて、自分に剣を向けていた相手をまともに視界に映す。

身長は紺那よりも少し高い程度か。顔がよく見えなかったので気付かなかったが、まだ少年とも言える程の幼さを残す顔立ちで、体格もそう良い訳ではない。くせのある山吹色の髪は触ると柔らかそうで襟足のところだけ一部妙に長く、ピンと左右に向けて跳ねていた。それより何より妙な事は、少年の持つ群青色の瞳。確かに見た筈の鋭い瞳は今はすっかり戸惑いがちな大きな丸っこい瞳に変わっていたのだ。更に眉は頼りなくハの字型に下がっている。ここまで違うと、もはや別人である。先程の獣のような瞳に見覚えがあった紺那だが(けれど、何処で見たのかは結局思い出せなかった)今のこの瞳には全く見覚えがなかった。
紺那の目から見ればすっかり別人になってしまった目の前の少年だが、彼の両手に未だ剣が逆手に握られている事が先程斬りかかってきたのが間違いなく彼であるという動かぬ証拠となる。剣を突きつけたままどうしたものかと動きを止めている少年を怪訝そうに見返して(若干睨んでいたかもしれない)、首筋に触れるか触れないかの位置で停止している短剣を面倒臭そうに押し戻すと少年はオロオロしながらもその手を素直に引っ込めて剣を腰元の鞘に収めた。妙な空気が漂う中、先程乱入してきた声の主が通路の向こう――少年が先程駆けてきた方から姿を見せる。

黄土色の短髪に焦げ茶色の瞳。少年よりも身長は高く歳も上に見えるその青年は少年と似たような黒ずくめの格好で、やれやれと安堵のような呆れたような溜息をつきながら少年少女の傍まで歩いて来た。よく見ると腰には細身の長剣(余計な装飾が一切ついていない為に、剣というよりかは刀に近い印象を与える)を差していて、肩には柄の長い大きな刃を持つ斧のようなものを斜め掛けにしている。少年のように弱気そうというよりかは温和そうな顔立ちではあるが、その割に持ち物は物騒極まりない。眉を顰める紺那の――というより、二人の前で足を止めると、黒いジャケットの裾が静かに揺れた。

「黄理さー、いきなり戦闘モードに入んのやめろよ〜。ついていけねぇじゃん俺〜」
「あぅ…ご、ごめんなさい、千草(チクサ)サン…」
「俺じゃなくて。その娘に謝って」
「う…。ご、ごめんなさい…」

千草と呼ばれた青年に促され、紺那に向かってぺこんと頭を下げる黄理に先程の鋭さは微塵も感じられない。あの研ぎ澄まされた殺気をこの少年が放っていたとはとても思えない程に小動物的だ。ひょこひょこと跳ねる山吹色の髪の上にポンと手を置いた千草は苦笑混じりにその頭を更にグイと力任せに下げると(妙な声と共に黄理の両腕がバタバタと動いた)自身も紺那に軽く頭を下げた。
「俺からもごめんな。空賊だよな、君。その印…疾風か」
チラリと確認するように紺那の服の裾に記された隊マークに視線が向けられる。その視線を追う事はせずに、紺那は憮然と頷いた。いきなり命を狙われた彼女はまだ、当然ながら許したとは言っていない。
「ご名答。それはそうと、謝って許されると思ってんの?殺されかけたんだよ、あたし。そこの子に」
「で、ですよね〜〜」
ジト目で睨むと、力ない空笑いが返ってきた。それは不思議と怒る気を失ってしまうような笑顔で、やれやれと嘆息して紺那は緩くかぶりを振る。これ以上どうこう言っても進まないと判断したのだ。
「…まぁ、いいや。大目に見てあげる」
「おぉぉ!心広い!良かったな黄理!」
「ウ、ウン!あ、ありがと…」
「次はないと思いなさいよ」
「「ハイ…」」
スッと冷たく瞳を細めて釘を刺すと、二人揃って一歩後ずさった。黄理に至っては蒼白顔で完全に千草の背後に隠れてガタガタ震えている。それを流し見た後に、紺那は両手を腰に当てると「で?」と片眉を上げた。
「何なの、アンタ達。見たところコランダム関係者みたいだけど」
千草が目聡く紺那の隊マークを見付けたように、彼女もまた、二人のジャケットに記された印に気付いていた。赤いラインで印された人工翼のマークはコランダムのもの。紺那の警戒心を緩めるように、千草が気安い調子でパタパタと両手を振る。
「あ、そうだけど。所属先に切り捨てられたっつーか。今の俺達の敵は空賊じゃない」

切り捨てられた割に随分軽い物言いをする。執着しない割り切れるタイプなのか、心の内を隠しているのか。それは紺那には分からなかったけれど、彼の言う事が正しいのなら彼らの境遇はあの少年と似たようなものなのだろう。

「…瑠藍と似たようなもんか」
「何?るらん?」
小さく呟いた声を耳聡く拾った千草が首を傾げるが、紺那はそれにかぶりを振った。
「何でもない。アンタ達も脱獄囚?」
「そう。地上(うえ)に帰りたいんさ。そんだけ」
な、と未だ背後に隠れている黄理に目を投げると 少年は必要以上にビクリと身を跳ね上がらせた後に何度も首を縦に振って頷いた。こちらが本来の性格なのだろうか、少なくとも作った性格ではないように感じる。だからといって、剣を手にしていた時のあの鋭さもまた、簡単に作れるようなものではないと思うのだが。
「その割に殺意剥き出しで斬りかかってきたじゃない」
ジロリと黄理へ目を向けると、再度少年の肩が跳ねた。苦笑混じりに助け舟を出したのは千草。
「それはその〜…看守だと思ったんだよ、な。黄理」
「ご、ごめんなさい…。俺…剣持つと、知ってる人以外敵だと思うんだ…」

とんでもない事を言い出した。
敵だと見なすと、誰にでも『ああいう風に』なるのか。
剣を持つと、狂暴性が顔を出すとでもいうのか。

けれど何故だかそれを追求する気にならず、代わりに紺那はうんざりと顔を顰めてみせた。
「何ソレ、物騒過ぎ。アンタもちゃんと躾けなさいよ。こういうの飼い主の責任よ」
呆れたように黄理を見やった後に千草を軽く睨むと、相変わらずの空笑い。これ以上嫌味を言われないようにか、千草はヘラヘラ笑う顔はそのままに先に口を開いた。自分達が駆けてきた方向を指すようにひょいと親指を後ろに向ける。
「えっと。この先真っ直ぐ行ったら道が二つに分かれてる。右に行けば上のフロアに上がれるけど…」
「けど?」
「そっからは要注意。ここみたいに生易しくねぇよ」
「どういう意味?」
訝しげに眉根を寄せた紺那に、軽く肩を竦めて。
「トラップエリア。聞いた事ない?今、この場所は牢獄エリアの一部だから看守も自由に動ける。ただ、こっから上に上がると関係者でさえ自由に動け回れなくなるんよ」
「どうして?」
「トラップに加えて前触れなくフロア自体の形が変わって危ないから」
「形が変わる…?」
言葉自体の意味がよく理解出来なくて紺那は言葉をなぞるように繰り返した。それからふと、何かに気付いたように目の前の二人組を交互に見やる。
「ちょっと待って。アンタ達も脱獄囚なワケでしょ?それで、この先に上のフロアへの道がある」
要点を整理するように言葉を紡ぎながら、確認のように目線を投げると千草がそれに合わせて一つ頷いた。
「なのにどうしてアンタ達は逆走してるの?地上(うえ)に帰るのが目的ならあたし達はこういう出会いをしなかった筈」
「あぁそれは…」
「あ、あのっ!!」
説明しようとした千草を遮ったのは予想外にも黄理で、彼はようやく千草の背後から出てくると突然まくしたてるように言葉を放った。流石に驚いて目を瞬く紺那の様子も目に入っていないらしく、続け様に言葉が飛び出してくる。
「俺達っ、武器全部取られちゃってっ!そんで、だから、皆の分の武器見つけなきゃって…俺のは見付かったけど千草サンのがまだで、その、他も見付かったのもあるんだけど、だからまずそれを渡しに戻んなきゃいけなくて…」
感情だけが先走る言葉は要点を得ておらず、それ故、支離滅裂で意味が分からない。それでも枷が外れてしまったかのように紺那に詰め寄るようにしながら必死にまくしたてる黄理の目に次第にジワリと涙が浮かんできた。唖然としている紺那の前で、少年は片腕でグイと涙を拭う。
「武器、がっ…護るタメのものなの、に、皆大事にしてたの、に…取り上げられた上に纏めてその辺に突っ込んであっ、て…。俺、悔しくて、だから…」
「あーハイハイハイ、黄理落ち着けー」
苦笑混じりに後ろから手を伸ばした千草が黄理の襟首を掴んで引き戻す。流石に面食らって瞳を瞬く紺那に「ゴメンな」と謝って、千草は腰元の剣と肩に担いだ斧、それから黄理の腰元にぶら下がった折り畳み式の棍のようなものを順番に目線で指した。
「バラバラに投獄された仲間がいてさ、これがソイツらの武器」
全部はまだ見付けてねぇけど、などと笑いながら、グスグスと鼻を鳴らす黄理の頭をポンポンと叩く。
「これから渡しに行こうと思って。だからもっかい牢獄エリアまで戻るんよ。もしかしたらもうアイツらも脱獄中かもしんねぇけどさ」
「…武器、全部取られるの?」
俯いて目元を擦る黄理を眺めながら、ポツリと尋ねる。


考えてみれば当たり前の話である。紺那の隠し持っていた小型爆弾は運良く気付かれなかったようだが、投獄される以上は武器は全て没収されるのだろう。だとしたら、(自分と同じく恐らく投獄されたであろう)晴も武器を取り上げられているのだろうか。武器の他にあの少年は確か、お菓子入れまで持ち歩いている。それも取り上げられたとすれば癇癪を起こした子供のようになっているかもしれない。どこまでも子供っぽいあの17歳は、本当に、笑えないくらい、幼稚なのだ。


「ん?あぁ、そりゃあね。君は取られなかった?」
「あたしのは…ここに入る前に壊されちゃったから」
軽くて使い易かったのに、などとぼやく紺那に千草が再び後方を指し示した。
「こっから先、武器なしは多分キツイと思う。右に行けば上のフロアに繋がる階段があるけど、左に行けば武器庫があるんよ」
「!ホント?」
「あぁ、黄理の武器はそこで取り戻した。君もそこで何か調達したら?看守達が使うのくらいしかないけど…何もないよりマシだろ」
「ウン、そうする。サンキュ」
悪くない情報だ。風向きが追い風になりつつあるような気がしてにこりと笑った紺那は、そのまま武器庫に向かう為に足を一歩踏み出した。が、二歩目が続く前に千草の声に呼び止められる。
「あ、そうだ。もう一個」
「?」
きょとんと瞬いた瞳に青年は初めて、妙に神妙な面持ちで口を開いた。

「忘れないで。『正しい道は一つじゃない』」
「?うん…?」

その意味は紺那にはよく分からなかったが、これから彼女が踏み入れるエリアと関係がある事なのだろう。疑問符を浮かべながらも返事を返し、今度こそ千草の隣を通り越すとくるりと身体ごと振り返る。
「そんじゃ、あたし行くね」
「おー。女の子だしホントはついてってやりてぇけど…ゴメンな」
「あはは、大丈夫だよー」
片手を振ってから、未だ赤い目をしている黄理に気付いて一歩彼に近付く。反射的にビクリと肩が跳ねたのを無視して、紺那は右手の甲で彼の額をコツンと小突いた。覗き込むように小首を傾げると、面食らったような瞳と目が合う。
「ホラ、泣かない!男の子でしょが!」
「うぁ…は、はい…」
オドオドと頷いた少年ににこりと笑いかけて、今度こそ踵を返す。先程彼らが駆けてきた方向へ、そしてこれから彼女が行く筈だった方向へ足を踏み出しながら、紺那は右腕を目一杯伸ばすと高い位置でヒラリと片手を振った。

「そんじゃね!グッドラーック!」
「おー、地上(うえ)でまた会えたらいーなー」
「アンタ達が空賊狙わないんだったらねー!」

ケタケタと笑う声に思わず吹き出して、明るいオレンジ色の服が闇の中に消えて行くのを見送る。それから千草は紺那に小突かれた額をおずおずと擦っている黄理の肩をトンと叩いて、紺那が進んだ道とは逆方向を顎で指した。
「行こうぜ、黄理。泣くのは一番最後、皆揃って帰ってからな」
「…ハイ!」

彼の言う『皆』もまた、同じ想いでいる事を彼らは知っている。
だからこそ揃って帰る事に意味があるのだ。

あの日、意地でも手放さなかった信念を『護る』為に。




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