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見渡せばそこは蒼の世界。

遮るものは何もなく
ただただ眩暈がする程の鮮やかさに吸い込まれそうになる。



手を伸ばせば届くかのような錯覚。

それでも届かなかったあの日。

儚い願いにすら触れる事が出来なかった罪の記憶。



その過ちを記憶ごと閉じ込める為に
漆黒の柵を築いて籠を創った。

そこからは、あの蒼すら籠の中に閉じ込めたように思えて。





かつて『空域(スカイ・エリア)』と呼ばれたその場所は

今は『空籠(スカイ・ケージ)』と呼ばれている。










act 04 : 漆黒の迷宮



天高く伸びる黒い格子は均等感覚に交差され、頭上で綺麗な円形を描く。線と線が作り出す空間の中心に立って頭上を仰ぐと、真っ直ぐに伸びた直線が上の方で緩やかなカーブを描き、ドーム状に完全にその場を覆っている事がよく分かった。格子の隙間から覗く色は鮮やか過ぎる程の蒼で、けれどその隙間はせいぜい小鳥が出入り出来る程の広さである為に、この上空でそこを自由に行き来するのは気ままに吹き抜ける風ばかり。色褪せた灰色の石造りの床には細い蔓が何本か這い、そのラインを辿っていくと何年も放置されて茂った小さな草むらと大きめの石にこびり付いた深緑の苔の中へ繋がっていた。
人の手が加えられなくなってどのくらいの年月が経過しているのか。ひび割れた床の隙間から細い雑草が生えている様は、月日を感じさせる。けれどそれが手入れされていないものだとしても、鋼の塔で観葉植物以外の緑が存在している場所は恐らく此処以外にないだろう。格子の間から降り注ぐものは太陽の光であり、恵みの雨であり、間違いなく自然の産物。人工物の中で唯一の自然が存在する場所。


鋼の塔最上階。
塔の屋上全てを使って創られた巨大な鳥篭は、階下とは違う意味での静寂を保って空の下で格子の影を落とす。異質な空気を静かに湛えながら、時間が流れていないかのような錯覚に陥る場所。時が止まっているのは場所なのか、それとも――



「――翼(ヨク)」

手の甲を上にして伸ばされた腕に――というよりかは、呟くように落とされたその声に反応するかのようにふいに小さな影が頭上にかかった。何処からともなく舞い降りてきたのは機械仕掛けの鳥のような生き物で、屋上の真ん中で静かに佇む青年の頭上をぐるりと一周回った後に真っ直ぐ伸ばされた彼の手へ静かに止まる。金属で作られた青混じりの銀色の翼が太陽の光に反射して鈍く輝いていた。
翼だけでなく全てが金属で構成されたその生き物は、身の丈が20cm程で翼は完全に伸びるとその倍くらいになる。鳥というよりかは竜――書物でしか知られていないワイバーンと呼ばれる架空の生物によく似た身体の作りをしていて、コウモリにも似た形の翼の上部には青い光を放つ宝玉が取り付けられていた。宝玉の数はこの生き物の方が格段に少ないとはいえ、その形は蒼姫の背に取り付けられた金属翼によく似ている。尤も蒼姫の翼は骨組みだけで構成されている為に、翼と呼ぶには不完全な印象を与えるが。
鼻もなければ口もないその生き物はコランダムで創り出された人工物で、その証拠として丸い頭部にはコランダムの印が印されていた。全てが人工的に構成されている為に、動力は別として栄養等は必要ない。感情が宿っている訳でもなく、綺麗な空色の硝子玉で出来た瞳はアイセンサーとしての役割だけを果たす。


かつて

そんな人工的な生き物でも可愛がっていた者が、いた。


冷たい鋼の翼でも羨んで
機械的に動く羽ばたきに手を伸ばし
地上から飛び立つその影を、眩しそうに見送って――




「――社長」

静かに、けれど凛とした声は静寂を割って響き、ヒールの音が控えめに石床に跳ね返る。背中からかけられた声に反応する事も無く、黙って立ち尽くしている青年の後ろ姿へコランダム社長秘書は同じ調子で言葉を続けた。
「そろそろ会議の時間です」
返事は無い。微動だにしない銀恢のロングコートを風が翻していった。一度緩く瞳を伏せた白凪は視線を足元のひび割れた床に落とした後、ゆっくりと再度口を開いた。その咽からは同じ、一定の音を保った声が出る。
「……今は『銀恢様』でいらっしゃいますか」
「…いや」
ようやく返ってきた声は白凪と同様に何の感情も見せる事はなく、けれど彼は振り返らなかった。白いコートの背に刻まれた、人工翼の赤い印が逆光を受けて若干暗く影を落とす。翼を止まらせていた右腕を軽く振ると、機械的な羽音と共に青銀の身体が格子で区切られた小さな空へ還った。
「会議だったな。すぐに向かおう」
「はい」
コートの裾を翻してようやく振り返った銀恢は、そのまま足を踏み出して彼の数メートル後ろに控える白凪の隣を颯爽と通り抜ける。一拍置いてそれに続いた白凪の気配を感じながら、銀恢は一度だけ瞳を伏せて背後の秘書には見えない位置で静かに片手を握り締めた。





貫けるような蒼と、逆光の中で翻る白。

カラカラと回る車輪の乾いた音が
今も耳の奥にこびり付いて離れない。



『見てて。飛んでみせるから』



それは
確かにあの場所で紡がれた、幼くも揺るぎない決意。

あの時掴み損なった小さな手の平を、
止まったままの時の中で何度も救い上げようとした。



あれから


今も、ずっと。




固く閉じた手の平は
彼が階下に降りて完全に仕事に戻るまで、開かれる事はなかった。

大切な記憶に蓋をするかのように。




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