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act:03-09

立方体の全ての面がそれぞれの色で染まったのと、警告を知らせる高い電子音が鳴り響いたのはほぼ同時だった。大人から見ても大きな作りの椅子に細い足を組んで座るのは大人よりも遥かに小さな少年で、音に反応して暗闇の中でゆっくりと金色の目線が手元から上げられた。手の中のルービックキューブはもう何度目になるか、六面それぞれを違う色で固めて幼い手の中で完成の姿を見せている。すっかり飽きてしまったその箱の玩具を放り投げるようにデスクの上に置くと、銀鈴は立ち上がって無数に光るディスプレイの内、一台に近付いた。モニタの中で点滅する光は地下牢獄に何らかの問題が発生した証。けれどその光にも警告音にも動じる様子はなく、落ち着いた表情のままの少年は人差し指で軽くキーを叩いて警告画面を消し、地下牢獄の簡易マップを表示させた。

現在の地下牢獄の状況ならば、わざわざ立体の塔を展開させるまでもなく把握する事は出来る。黙ってモニタを見つめる銀鈴の目線の先――輪郭線だけを描いた簡易マップの中で一画が赤く点滅していた。地上と牢獄を繋ぐ、命の宿った長い長い迷宮。トラップ地獄として知られるその場所に続く繋ぎの階段が、異常を知らせている。僅かに眉を顰めてもう一度キーを叩くと、画面が切り替わって暗い階段がモニタに映し出された。


長く続く階段の隅、天井に取り付けられた監視カメラからの映像は 離れた場所での真実を映し出す。動かない上からの目線に気付く事もなく、その下を通過していく人影には見覚えがあった。

小さな背中には空翔ける者の証。
晴れ渡る蒼空色の瞳を持った少年は、数刻前に投獄された囚人番号269――。


正直なところ、こうして警告音が鳴るのも脱獄者が発見されるのも銀鈴にとって大した問題ではなかった。通常の牢獄と違い、コランダムにとってマイナス要因と見なされた者を問答無用に投獄しているこの理不尽な牢獄には多くの実力者も入れられていて、それ故自分の実力を信じて脱獄しようと牢を破る者も多い。牢を出るまではそう難しくはないのだ。ゲーム感覚でこの牢獄を管理しているトラップマスターが『わざと』簡単に牢を出る事が出来るようにしているからである。わざわざ脱獄し易い環境を作るのは、己の創ったトラップで脱獄者を捻じ伏せる事に一種の快感を感じている銀鈴の困った癖(へき)のようなものだった。

ゆっくりと黄金の瞳を細めた後に、無造作に引っ張ったのは右手のグローブから伸びるコード。先程フロアを展開して構築していった時のようにコードをパソコンに差し込むと、銀鈴は殆ど無意識にグローブの甲で輝く蒼い宝玉の表面を左手でスルリと撫でた。その間に『接続中』の文字が『完了』の表示に変わり、左手の下の宝玉が蒼い光を放ち始める。


「…上等だよ。ここでの無力さを教えてやる」


暗闇に走る蒼いラインが高い塔のシルエットを創り出す。蒼い光を放つ右手がゆっくりと持ち上がり、それに呼応するかのように宝玉の光が一段と輝きを増した。







***


跳ねるように駆ける足は一段飛ばしで長い階段を駆け上がり、小さな影が滑るように階段の上を通過していく。終わりの見えないような長い階段は二メートル程の横幅で、両脇は鉛色の暗い壁に挟まれていた。薄汚れた硬い階段の先は暗闇に覆われていて、何処に繋がっているのかすら分からない。その上結構なスピードで駆け上がっている筈なのに、奇妙な事にいつまで経っても次のフロアが見えて来ないのだ。それでも前を見据える瞳に疲労の色が見える事はなく、鮮やかな空色は見えないその先を捉えているかのよう。腰元で光る銀色の棍も肩から斜め掛けにした筒状の荷物もついさっき取り戻したばかりのもので、それ故気持ちが前向きに勢い付いているのか彼のスピードは先程から落ちる気配がない。片手に握り締めていた板状のチョコレートを走りながらバキンと歯で割って、少年は誰にともなく気合の一声を暗い通路に放った。

「うっしゃ!ぜってー帰っかんなー!」

背負った印が一番映えるあの場所まで。
力強く床を蹴った音が反響して、鮮やかな足音が色を失った地下世界に刻まれていった。







***


蒼を遮る境界線は重い灰色の雲。


それにすら届かない暗い地底で
各々の翼が羽ばたいた。



両手を伸ばし

足を踏み出し

前を見据えて

全ては閉ざされた壁を砕いて自由の風を掴む為に。



戻る為には暗闇を抜け出す事。
まずはモノクロの境界線を目指す事。




準備はココロの持ち方ひとつ。


あとは

灰色の空に続く階段を翔け上がるだけ。




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